10月9日(水)

自分で自分に思う。なんかいつの間にやら真面目に生きようとしているみたいだけれど、そもそもお前ってもともとヘンなヤツなんじゃなかったっけ。そう思うと、不思議と肩の力が抜ける気がする。いや、そうだよなあ、おれってもともとヘンなヤツだったんだよ。靴の中に十円玉を入れながら外を歩いていた日々のことを思い出す。あの頃は足を一歩踏み出すたびにジャラジャラ言わせながら歩いていた。なぜそんなことをしていたかって?それは十円玉には消臭効果があると、どこかで聞いたことがあったからだった。銀イオンが消臭にいいのは有名だけど、銅イオンだって効果があるらしく、おれの聞いた話では、脱いだ靴の中に十円玉を入れておくと、翌朝には匂いが取れているということだった。そこで、おれは思った。じゃあ十円玉をたくさん入れれば、もっと匂いは取れるってこと?じゃあ履いているときにも十円玉を入れておいたら、匂い自体が付かないってこと?そんな風に思ったわけだ。だからおれはスニーカーの中に十円玉を何枚も入れてジャラジャラ言わせながら外を歩いていた。二十三、四歳の頃だ。一歩足を出すたびに足の裏を十円玉が滑っていく。その感触は決して気持ちのいいものではないのだけれど、それで靴が臭くならないと考えたら仕方ないと当時の私はなぜか思っていた。「お前は間違っている」と指摘してくれる人は私の周りにはいなかった。親でさえ何も言わなかった。いやもしかしたら、やんわりと何かを言ったかもしれかい。いずれにせよ当時の私の耳には何も届かなかっただろう。自分は正しいことをしていると思っていた。少なくとも間違ってなんかいないと思っていた。

数日前に私の家を訪ねてきたタヌキみたいな動物は、じつはタヌキなんかじゃなくて、どうやらハクビシンらしい。ハクビシンって、漢字で白鼻芯って書くらしい。白い鼻の芯。そういえばたしかに写真を見ると、白い鼻の芯があるもんね。たぶんハクビシンなんだろう。ハクビシン。ハクビシンって聞くだけで、なんか害獣っていうイメージが湧き起こるけれど、それって差別なんじゃないだろうか。ハクビシンで検索すると、人にとっていかに有害な動物か、なぜ駆除しなければならないのかを説明するようなサイトがひたすらヒットする。だがちょっと待て。一度、ハクビシンの気持ちになって考えてみよう。ハクビシンだって棲家を追われて人界に降りてきているのではないか。それは人間が山や森を切り開いて、彼らの居住環境を破壊したからではないか。いや仮にそうでなかったとしても、人間の住むところに人間以外の生物がいたら、そんなに困るのか。生物多様性を考えよう。おれたち人間は決して自然から切り離されて生きられるわけではない。他の生物と持ちつ持たれつで互いに依存し合いながら生きている。ハクビシン。たしかに勝手に人家に入ってフンを溜めて家屋を劣化させるという害があるかもしれない。でも、おれはハクビシンの顔を間近に見たけれど、ずいぶん可愛い顔をしているのだった。だってそもそもネコ科だからねハクビシンって。要するに、野良猫の完全野生化したみたいなやつなんだと思う。でもいいじゃない。フンさえどうにかなったら、共生できるかもしれないじゃない。そんな風に考えてしまう。でも、きっと上手くいかないんだろう。常識的には駆除したほうがいいんだろう。常識っていうのは、ほとんどの場合、間違わない。消臭効果がたとえあったとしても、人は十円玉を靴の中に入れない。なぜならそれは、ヘンだからだ。ハクビシンが家に住み着いていたら、人はなんとかして追い出そうとする。ともに生きる道を探そうとはしない。なぜならそれは、ヘンだからだ。人はヘンであることを恐れる。自分がヘンじゃないということを不断に証明しようとする。だが、ヘンじゃない人なんているんでしょうかと私は言いたい。みんな、多かれ少なかれ、ヘンですよ。たぶんだけど。ヘンじゃない人って、つまらなくないですか。自分にヘンなところなんてないです、なんて大真面目に言う人って、なんか窮屈じゃないですか。傲慢じゃないですか。狭量じゃないですか。一緒にいたくなくないですか。大前提として、みんなヘン。ヘンなヤツがヘンなヤツを指差して「おまえヘンだよ」って言っている。でもそう言うお前もヘンなんだよ。そういう世界。ヘンが前提。みんなヘン。