9月4日(水)

九月に入って急に涼しくなった。昨日、一昨日と約一ヶ月ぶりに卓球の練習に参加したせいで今日はズタボロになっていた。なにか作業をしていても、集中できなかったり、イライラしやすかったりして続かない。休憩がてら畳に横になるとすぐ寝てしまう。朝と昼と夕方と、今日は三度も午睡をした。もしかしたら体調を崩しているんじゃないかとさえ思った。季節の変わり目は風邪を引きやすいから気を付けたい。でも気を付けていても引くときは引くんだよなあ。今だって頭がぼーっとしている。さっき酒を飲んだせいもあるだろうけど。

他人と話をするのは難しい。たとえば、自分の話を最後まで聞いてもらえないということがある。話の途中で誰かが割って入ってきて、話の腰を折られてしまう。それだけで済むならまだマシで、ひどいときはまったく違う話にすり替えられたり、間違った解釈をもとに攻撃されたりすることもある。そういう目に合ったとき、これまでは「ああもうこの人とは話をしても無駄だな」と押し黙るしか方法を知らなかった。その人の話が終わったときに、もしかしたらもう一度自分のターンが回ってくることがあるかもしれない。そのときが来るのを待とう。もしくは、この人に話をするのはやめよう。そう思うしかなかった。

でも最近は、話の腰を折られそうだなと思った瞬間にすぐ「いや今自分が話しているので最後まで聞いてもらってもいいですか?」と半ギレで返すという技を試している。半ギレというところがポイントで、本ギレではない。これは卓球でいうところのカウンタードライブのようなもので、ツッツキのラリーから相手がドライブ攻撃を仕掛けてきたところを、コンパクトにカウンターで打ち返していく。こちらからはなるべく力を加えずに相手の力を利用して抑え気味に返す。できればライジング気味に打つというのもポイントで、早い打点にすることで相手に返球するスキを与えない。会話においてテンポはなによりも重要だ。二の句が告げないということは、それだけでもう負けているということになる。

逆に、相手の話が長いときに「すみません話が長いのでちょっとまとめてもらってもいいですか?」と切り返す技もある。これは相手の話の腰を折る技で、「私はあなたの話にはもうこれ以上付き合いませんよ」という宣言になる。ある意味、宣戦布告のようなもので、だからこそ仕掛けるときは確実に決めきらなければならないし、より安全に行くなら可能な限り繊細にさりげなく行わなければならない。卓球でいうところの「流すプレー」というか。ツッツキでラリーしているところを、急に鋭くツッツキを入れて回転量に変化を加えたり、横回転を加えてサイドに相手を振ったり、そういう繊細な台上技術に近い。決め切るなら、チキータのようにレシーブでエースを狙っていくような大胆さも求められるけれど、それはまだ私の力量では難しい。

まあいいんだそんなことは。とりあえず体はぐったり、頭はぼーっとしていて、せっかくの休日だったが今日はほとんど家にいた。ちょっと前までパラグライダーをやりたいと思っていた私はどこへ行ったのか。数日前にパラグライダーの動画を観て、「え、もしかしておれの人生でやり残したことってこれなのでは」と妄想にふけっていたのだけれど。たしかにパラグライダーは今でも「やりたいか」「やりたくないか」で言ったら、「やりたい」ということになると思う。でも、「今すぐやりたいのか」「いつかやりたいのか」で言ったら、「いつか」になる。思い立ったらすぐ行動ということには私の性格上ならない。かといって、石橋を叩いて渡るようなタイプでもないのだけれど。

今日はうどんを粉から作ってみたのだが、やっぱり分量を細かく測って調理するのは死ぬほど嫌いだなと思った。思えばこれは学生時代からそうで、手順や分量が決められた化学なんかの実験が、よくよく考えたら嫌いだった。当時は何が嫌いだったのか自分でもよくわかっていなかったけれど、「実験と称しながらただマニュアルに従っているだけじゃん」とか「誰がやっても同じ結果が得られるならおれがやっても意味ないじゃん」という違和感がその時からもうすでに心に湧いていて、じわじわと体を内部から侵食していたのだと思う。違和感ってそういうものだ。自覚できない違和感は、自覚できるようになるまで育っていく。そのうち生活に支障を来たすようになってようやく気付く。「ああ自分はあのとき本当はこういう風に感じていたんだな」というように。

私は理系の進高校出身で、当然のように理系の大学に進学したのだが、結局、違和感が爆発して退学した。しかし「自分がほんとうは理系の学問にそれほど興味を持っていないんじゃないか」ということは、よくよく考えたら高校生の頃から感じていた。でも当時は自覚しないようにしていた。今更遅い。乗ったレールからは降りられない。なぜかそう思い込んでいたからだった。

思い出話をしていても仕方がない。そういえば先日ついに放送大学を卒業した。計画よりも年数は掛かったが、なんとか自力で大学を卒業できた。思えば二十歳の頃に最初に入った大学はなにもかも親の金だった。恵まれていた、ありがたかったとは思うけれど、おれのためになったとは思わない。それも当時から薄々思っていたことだった。大学を辞めた時点でようやくおれの人生が始まった。辞めることで始まったのだと思う。終わることで始まった。始まる前には必ず終わりがある。何かを始めることよりもちゃんと終わらせることのほうが難しいのかもしれない。他人より時間は掛かったが、今回の大学卒業を以って、ようやく私の人生のなかで大学というものを終わらせることができた。よかったと思う。