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Look at my dance.

 そう言って彼女は立ち上がり、何かの構えをとる。両腕を前に突き出し、腰を少し落とし、膝を開いて、つま先を立てている。バレエのようでもあり、カンフーのようでもあり、なにか獲物に飛び掛からんとする猫科の猛獣のようでもあった。そしてその眼は私の心臓を掴んで離さない。だがしかし、私は今勤務中であり、私は勤勉な会社員であり市民であり国民である。給料分の職務は遂行しなければならない。
「ちょっと待ってもらっていいですか?」
「……はい」
 彼女は、獰猛そうな構えをとき、元の席に再び座った。両隣の若者は目を丸くしたまま戻ってこない。かわいそうに今日はもう何もできないだろう。集中力は完全に削がれてしまった。もっともこんなシチュエーションで平常心を保ているのであれば即採用でいい。
「あの」
「なんでしょう」
 踊ろうとした女子学生が口をひらいた。まだ何かあるのか君は。
「ちょっと、とはどのぐらいでしょうか」
「なるほど」
 気になるのはそこか。そしてまだ踊る気でいるのか。
「この場合のちょっとは、ずっとです」
「あ、はい」
 ようやくこちらの意図を察したようで、真ん中の女子学生が座ったまま緊張を解くのがわかった。面接官は私を含めて3人である。右の営業部長は人事メモに何か書き込んでいる。まさかこの女を合格させる気ではないだろうな。左の企画部長も何か書いている。飛び道具が欲しいのはわかるが、絶対問題起こすだろこんなの。前例もある。昨年はいなかったが、一昨年はいきなりブレイキンを始めて持ち時間ずっとぐるぐるしていたのがいた。営業部で採用にしたが、昨年運送会社に転職してしまった。営業先でブレイキンを披露しまくって、そのうち相手社にスカウトされてそのまま移籍したのだ。本人に問題はなかったが、会社には利益をもたらさなかった。とにかくこういう場で踊ろうと考える輩はダメだ。安定感がない。
 私は心を落ち着けて、学生たちへのヒアリングを再開する。
 長かった採用面接もこの3人が最後だ。今年は7人の新卒を採用することになっているが、今のところ有力な学生は6名。営業と企画でそれぞれ2人、生産に2人、経理に1人、開発に1人が内々定していて、今日の面接の結果を踏まえて各人に通達する予定になっている。そして私の総務部で1人という予定なのだが、総務部の採用人員はちょっと他とは異なる役割を持っている。7人採用しても、全員が3年後まだ在社しているわけではない。だいたい必ず何人かは退職して別の道を歩むのだ。その場合、通常は中途採用をして他社から奪うのだが、そうそう優良な人材が転がっているはずもなく、転職者はそれなりにクセがあるのが常である。やはり生え抜きで弊社専用に調教した人材でないと、会社の利益にはなってくれないものである。人事部も兼ねている総務部に採用する人員は、いわゆるワイルドカードであり、欠員が出た部署に転属して即戦力となるスペックが求められるのである。いい意味でも悪い意味でもジェネラリストでなければならない。器用貧乏と揶揄されるような人間こそが最も私が欲する人材なのである。なので、今日はこの3人の中から、私の部下となって、さらには我が社のリベロとなってくれる存在を探し出さねばならないのである。決して、最終面接で踊り出そうとするような、制御が難しそうなじゃじゃ馬ではない。もっと御し易い人間が欲しかったのだ。
 長々と思考している場合ではなかった。すでに面接予定時間の1/4を過ぎてしまったではないか。両隣の両部長が交互に実に当たり障りのない質問をしてくれて、3人の学生が順に当たり障りのない返答をしてくれているせいで、なんとなく企業の面接会場という体裁は保っていたが、このままでは空振りに終わり、総務部は採用なしということになる。他の部には獲らせておいて、自分ではリスクを負わないとなると兼任人事部としてはいささかバツが悪い。かといってハズレ候補者から無理くり拾い上げるのもあとで面倒が起こりそうである。ここはどうにかクリティカルな質問を繰り出して、この3名、なんならもう真ん中の変態女にターゲットを絞り込んでいるが、そこから俺に即採用を決断せしめるような返答を引き出すほかないのである。
「では、私からも質問してよいでしょうか」
 両隣は、ようやく動いたか、とでもいいたげに私にターンを譲る仕草をした。学生らの視線が向く。面接時間はあと半分程度である。そんなにややこしい質問はできない。シンプルかつ核心をつく質問が必要だ。
「あなたは今、異星人のテロリストに囚われています」
 企画部はこのネタを知っているので、ニヤつくのがわかった。営業部は初めて耳にすることになるせいか、私を二度見したのが横目でもわかった。
「異星人ですか?」
 1番の学生が挙手なしで聞き返した。
「ええ、イセイジンです。まあ宇宙人ともいいますか、とにかく人類ではない別の銀河から飛来した謎の存在です」
 3番学生は挙手をした。発言を許可する。
「なぜテロリストとわかったのですか?」
「いい質問ですね。わかったというより、振る舞いがテロリストなのでそのように認識されたということです」
「あ、はい」
 2番学生からは特に追加の質問はなかったので、続きを投げかけることにした。
「異星人テロリストは、あなたに要求します」
 学生たちの目線が再び私に注がれた。

「は、放せ!」
「ダメダ。オマエはワレワレがホリョにした」
「捕虜だって? なんでそんな」
「チキュウとオマエたちが呼ぶワクセイをセイフクするためだ」
「俺を捕虜にすることと、地球を征服することに因果関係があるのか」
「まず、オマエのカゾクにミノシロキンをヨウキュウする」
「いくらにもならんとは思うが、それで?」
「そのカネを資金にもっとホリョをつかまえる」
「気の長い話だな」
「ワレワレはジュミョウがナガイ」
「付き合わされる身にもなってみろバカヤロウ」
「お前のウチには金がいくらアル?」
「いくらもねえよ。娘は大学生だし、、息子は部活で金食い虫だし。嫁さんは専業主婦だ。世の中で一番金がねえのがうちみたいな家だよ」
「100マンエンぐらいでいいのだが?」
「そもそも借金まみれでそんなの無理だ」
「10マンエンならどうだ?」
「給料日直後でもそんなにはないな」
「1マンエン」
「まあ出せないことはないと思うが、俺の財布にはないよ」
「ナイノカ」
「ないよ。だいたいいつも2000円ぐらいだ」
「セツナイな」
「言わんでくれ」
「ワカッタもういい。シャクホウしてやる。ただし」
「ただし?」

「異星人テロリストは持ち時間1時間であなたになにかするように要求してきました。どうしますか?」
「その場でですか?」
 絶対に挙手しないという信念を感じさせる1番学生が発言と逆質問をしてきた。営業部には回せないが、開発にはいいかもしれない。
「その場でです。あなたは囚われるときに見ぐるみ剥がされているので、他の動物と同じく全裸です。単なる設問なので、性的な意図はありません」
「私なら、落語の心得がありますので、古典落語をいくつか披露して場を持たせます」
「いいでしょう」
 3番学生が挙手した。こいつはこいつでルールは守らないと死ぬという脅迫観念に支配されているという良い特性がある。営業部員がこういうやつらなら安心なんだが、弊社には一人もいない。
「どうぞ」
「できるかどうかは考えなくていいですか?」
「できないことを提案するのはリスクが高くないですか?」
「あ、そうですね。1時間続けられることがなかなか思いつかなかったので」
「難しいですよね。大丈夫ですよ」
 2番もなにか決まったようだ。
「真ん中のあなたはどうですか?」
「私は踊ります」
「結局踊るんですね」
「そうですね。踊りますね」
「1時間は結構長いですが、大丈夫なんですか?」
「私、徳島なので」
 ああ、そういうことか。先ほどの構えは、そういうことだったのか。
「先ほど」
「はい」
「ちょっとはずっとと言いましたが、訂正して撤回します」
「はい」
「ここまでがちょっとです。存分にご披露ください」
  私は誰を採用すべきか、完全に理解した。2番学生がすっと立ち上がる。
「ありがとうございます。それでは」

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#古賀コン7

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