由利本荘市の手まり文化はココがすごい!
こんにちは。秋田県由利本荘市でごてんまりを作っています〈ゆりてまり〉です。
手まりの文化は全国各地にありますが、その中でも由利本荘市のごてんまりが一番光っているんじゃないかと思う点があります。
今回はわたしが思う由利本荘市の手まり文化のすごいところをご紹介したいと思います。
由利本荘市のごてんまりは、昭和36年の国体を機に全国的に有名になりました。
しかしそれまでは全然有名ではなく、お隣の山形県のほうがずっと知られていました。
初期のごてんまり製作者である齋藤ユキノ(田村正子)さんも次のように述べています。
私どもの御殿まりは、昨年の国体前に、日役町の蔵堅寺さんに古くからあつたものを手本に、リリアン糸で菊花模様を刺しゆうしたものです。その手本も何時頃からあつたものかまた、買つたものか土産に頂いたか判らないということでした。今後同好会の人と手を取り合つて、隣の山形県に伝わるような見事なごてんまりを創り上げ、販路も開拓して行きたいと念願しております。
『本荘時報』昭和37年、8月19日(原文ママ)
当時秋田県は手まり業界において後進県であり、もともと地元に伝わっていた手まりの文化もほぼ廃れてしまっているような状況でした。
上記の齋藤さんも「蔵堅寺さんに古くからあつたものを手本に」まりを作った、と述べています。
由来はよく分からないけれど、寺の中にあった古い手まりを元に自分でも作ってみた、ということらしいですね。
他にただ一人木妙尼(もくみょうに)の伝える地元のまりを守っていた豊島スエノさんという方がいるのですが、逆に言えば最後の一人になってしまうほど、地元の手まり文化は忘れられていました。
そこら辺に関しては、こちらの記事をお読み下さい↓
そんな手まり後進地域だった秋田県由利本荘市ですが、昭和45年に第一回全国ごてんまりコンクールを開くことになります。
これはすごいことです。
単に手まりの伝統があったり、素晴らしい技術者がいるからといって、全国規模のコンクールが開かれるわけではありません。
実際に由利本荘市以外にも手まりで有名な地域はたくさんあるのですが、全国規模の手まりコンクールが行われているのは、今も昔もこの由利本荘市だけです。
それは「手まりは地域固有の伝統であるからして、他の地域と混じり合うことで郷土性が失われるのはいかがなものか」と考える人もいるからです。
全国規模の手まりコンクールを開くことに懐疑的な意見を持つ人もいます。
「先にも書いたように、手毬も民芸ブームに乗って、製作指導書や手毬教室、はては"てまりコンクール"なども開かれているようで、そのために郷土性が失われる恐れがでているのではないだろうか。」
『ふる里の手毬』新井智一 源流社 1990年 13ページ
こういう「郷土性が失われる」ことを危惧する意見はいつの時代も必ず発生します。
どうしても地域の伝統工芸品と関わるからには、ナショナリズムの問題とは無縁ではいられません。
その中で何故、由利本荘市だけが全国規模の手まりコンクールを開くことができたのか。それは逆説的ですが、由利本荘市に守らなくてはいけない郷土性がなかったことが原因ではないかと思います。
国体以前、地元の手まり文化は廃れていました。
それが国体をきっかけに一気に有名になり、全国から注文が舞い込むようになりました。
とにかくまりを作って、製作者の数を増やさなくては、という機運がありました。その中で当時の作り手には、もっと手まりを学びたい、もっと美しいものが作りたいという純粋な気持ちがあったんだと思います。
先に引用した「今後同好会の人と手を取り合つて、隣の山形県に伝わるような見事なごてんまりを創り上げ、販路も開拓して行きたいと念願しております。」という齋藤さんの言葉には、自分たちはまだまだこれから、ビギナーとして頑張りたいという意欲が見て取れます。
わたしはこういうプライドがなくて、純粋な創作意欲が盛んなところが大好きです。
その精神は今でも由利本荘市の作り手に受け継がれています。
わたしは現在どこの団体にも所属せず、勝手にごてんまりを作って販売しています。しかしだからと言って、他の製作者の方から嫌みを言われたり、圧力をかけられたりしたことは一度もありません。
「ごてんまりの魅力を表現したい」とデカデカと書いた額縁を掲げ、地元の昼市に友人と一緒に出店したときも、大変寛大に受け入れてくださいました。
友人が車に積んで持ってきてくれました。想像以上にデカい額縁。
わたしたちが何の他意もなく脳天気に出店していたところ、他の来場者の方が心配し、「あんたたち、勝手にこんなことして大丈夫なのか」と声をかけて下さいました。
慌てて本荘ごてんまりを愛する会の現会長さんに連絡すると、会長さんが急いで駆けつけてくれ、現場を見て「実に結構なことだ。もっとやりなさい」と応援して下さいました。
ついでにお昼代まで渡してくれました。
こういうルーキーを排除しないところが素敵ですよね。
毎年行われる全国ごてんまりコンクールには、全国各地から、ときには海外からもまりが持ち込まれます。
2020年のコンクールはコロナの影響で例年より期日が短縮され、申し込めるまりの数が減らされてしまいましたが、それでも114点のまりが会場に集まりました。
毎年いろいろな地域のまりが入賞します。
見ているだけでも楽しいし、作り手の他にいろいろな人が会場に集まってまりについて言葉を交わします。
わたしはこういう何の忖度もなく、各地域から集まったいろいろなまりを眺められる空間が好きです。
こういう空間が毎年見られる環境は、他にありません。
サムネの写真はアクアパルにある巨大なまりです。
巨大さでギネス記録を取っています。
「こんなデカいの作ってどうするの?」というもっともな疑問を持つ人もいると思いますが、わたしはこういうまりを作ってしまうところも、由利本荘市の手まり文化で大好きなところです。