郷土の星、藤井黎來選手!お疲れ様でした!
2017年10月26日、ドラフト指名速報の画面の前に僕はいた。
秋田県民のある投手の指名があるのかないのか、ハラハラドキドキして吉報を待っていた。
支配下指名が終わり、少しの休憩時間に入った。彼の名前はまだ呼ばれない。
この後の育成指名に向けて希望を残しつつ、夕ご飯を作り流し込むように食べた。
その時である。
『広島東洋 藤井黎來』
僕の右手が机の下で力強く握られた。
藤井黎來。僕の出身地の隣町の野球強豪校のエース。
甲子園にも出場し、最後の夏の大会では地方大会でノーヒットノーランも達成した。
そんな選手が、大好きな広島カープにやってくる。胸の高鳴りが抑えられなかった。
育成指名の選手は二軍の試合にしか出られない。そのうえ三年間で一度契約が打ち切られる。
そのため、まずは三年以内に支配下登録を勝ち取る事が当面の目標となる。
藤井黎來選手はなかなか結果が出せなかった。しかし、高卒の投手。体つくりが第一だろう…。
そう頭ではわかっていても、心は焦っていた。ただのファンでしかないのに。
三年目の2020年、ついに才能が開花する。二軍で15試合に登板し0勝1敗、防御率0.87。
伸びのあるストレートと落ちるボールを武器に、未来の守護神候補は支配下登録を勝ち取った。
10月8日。阪神戦。僕はラジオの実況に聞き入っていた。
『マウンドには藤井黎來が上がります!!』
この声に子供のように胸を躍らせた。
「いとしのレイラ」の特徴的なギターをかき鳴らすイントロとともに、僕のヒーローはついにベールを脱いだ。
その日、1回を1安打無失点と名刺代わりに見事なピッチングを見せてくれたんだ。
2021年。4月の上旬に一軍に藤井黎來選手は帰ってきた。
4試合連続無失点と、順調に成長曲線を描いていた。そう、あの日が来るまでは。
4月28日。横浜戦。藤井黎來選手は7回のマウンドに上がった。
降りしきる雨。敗色濃厚な試合展開。敗戦処理はアピールへの大事な一歩。きっと抑えてくれる。そう思っていたんだ。
目にしたのは惨状だった。
投げるボールは全て甘いコースに吸い込まれ、強力横浜打線は当然見逃してなどくれなかった。
1回2/3、被安打9被本塁打1与四球1、8失点。防御率12.71。
ラジオを投げ出したくなるような、そんな投球だった。
翌日、一軍登録を抹消された。
「この経験がきっと成長の糧になる。」そう思い、由宇へと見送った。
2022年6月18日、ヤクルト戦。僕のヒーローは一軍のマウンドへと帰ってきた。
1回を1奪三振無失点と完璧な内容。
球威が向上し、次々と三振を奪う投球が続いた。
結局この年は自己最多の12試合に登板。14イニングを投げて15奪三振とイニング数を超える奪三振を記録。飛躍のシーズンとなった。
リリーフ陣に食い込み、2023年こそ一軍定着!僕はそう確信していた。
これが一軍で見る最後だとも知らずに。
2023年、彼は一軍にやってこなかった。
二軍での成績が悪かったわけではない。25イニングを投げて21奪三振。防御率3.96。
しかし、今までの成長曲線を考えると非常に物足りなかった。
2024年に背水の陣でリベンジだ!そう思っていた。
10月31日。藤井黎來選手に戦力外通告が出た。スマホが手から滑り落ちそうだった。
信じられなかった。いや、信じたくなかったのかもしれない。
確かに当落線上だとは感じていた。でも、第一次戦力外通告は乗り切ったし、きっと何とかなる…。僕の希望は打ち砕かれてしまった。
意識ここにあらずのまま、年末の仕事の波に飲まれかけていた11月24日。
藤井黎來選手の育成再契約が発表された。
もう見られないと思っていた僕のヒーローは、不死鳥のごとく戻ってきた。
僕の右手はあの時のように強く握られていた。
2024年7月6日、僕は弘前市に向かっていた。藤井黎來選手のユニフォームを羽織って、胸を張って。
広島カープの二軍戦を見に行った。僕のヒーローは二軍でもがき苦しんでいた。
球威は戻らない。制球力も上がらない。投げる機会も減ってしまっていた。
しかし、東北での開催。この試合をきっかけに立ち直ってくれないかと思ったら居ても立っても居られなくなって、チケットを取った。
カープうどんを啜り、ビールを飲みながらバックネット裏で試合を見る。
カープが優位に試合を進めていた8回。その時は訪れた。
『ピッチャー、岡田に変わりまして、藤井。ピッチャーは藤井。背番号129。』
僕のヒーローが目の前に現れた。
秋田犬を思わせる細目で丸い輪郭。かわいい表情。
セットポジションから足を上げ、一瞬溜めを作ってから素早く再起動して投げ込まれる力強い荒々しい直球。鋭く落ちる変化球。
1回を投げ1奪三振無失点。今年で最もよかった投球だった。
僕が見たかった、あの時の投球をするかっこいい男の姿が、追い続けていた僕のスターが、そこには確かにいたんだ。
10月8日。藤井黎來選手は二度目の戦力外通告を受けた。
支配下登録を勝ち取れなかったことから、覚悟はしていた。前回ほどのショックはない。
ただ、無念だった。
未来の守護神の夢は儚く消えてしまった。
でも、カープ箱推しだった僕に若手を応援する楽しさを教えてくれた。
夢を託す希望と、それが叶わなかったときの悔しさを教えてくれた。
そして何より、郷土の星としての輝きを見せてくれた。
ありがとう。藤井黎來選手。僕のヒーロー。僕に夢を見せてくれて。
これからの人生に、幸あれ。