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掻きたい。

村上春樹に『走ることについて語るときに僕の語ること」というややこしいタイトルの本がある。その中にあるランナーがレース中に反芻しているという一文がとても印象的だ。

Pain is inevitable.Suffering is optional.

村上春樹はこれを「痛みは避けがたいが、苦しみはオプショナル(こちら次第)」と訳している。

身体的な痛みは避けられないが、それを「苦しい」と解釈するのは自分が行っていることだ、と僕は受け取っている。

これを痒さに当てはめたら、「痒さは避けがたいが、掻くこと(それに伴う皮膚の炎症とか)は自分次第」と言うこともできるだろうか。嫌なものは結構自分自身でつけたオプションだったりする。


1週間ほど前、ある日を境に全身が痒くなった。


その前日に筋トレをしっかりやったので「血行でも良くなったのかな」とポジティブシンキングでいたのだが、一向に体のかゆみがおさまらない。腕を見てみると、ポツポツと腫れている。

「もしかして、虫でもいるんだろうか」


思い当たることがあった。蜘蛛だと思って見過ごしたやつがいた。蜘蛛は他の虫も食べてくれる存在だから「ありがたやー」と思っていたのだが、そういえばやけにサイズが小さかった。いつも見るのは黒くてそれなりなサイズ感に、白っぽい触覚みたいなのがついているのだけれど、そいつはちょっと茶色くて、小さかった

あいつがダニだったに違いない。目につくところを呑気に動いているぐらいだから、本当はもっといるんじゃないか。

ダニが好む場所は布団だったり、ほこりがたまりやすいところらしい。一番いそうなところは、ベッドだ。

ベッドを今の位置に持って行って丸三年が経とうとしている(今の部屋に住んで三年)。ベッド全体を掃除したことは、記憶にない。

住み慣れたはずの部屋が急におぞましいところに思えてきた。

狭い空間でも奥まで届くお掃除アイテムを恐る恐る突っ込み、手前に引き込む。大量の埃に、なぜか輪ゴムなどの細々としたものも混じっている。

その中に動くやつがいた。
ダニらしきやつを発見。

とりあえず掃除機で吸い込む。
ワンストロークでヒットするのだから、きっと氷山の一角に違いない。さらに何回も突っ込んでは引き寄せ、掃除機で吸う。
お掃除アイテムもベッドの先までは届かない。マットレスも外し、ベッド下の収納用の引き出しも全て取り外し、徹底的に掃除機をかける。

布団もマットレスも念入りに掃除をする。

家にダニ駆除用にも使える布団乾燥機があったので、それも使った。2時間弱で終わる。終わったあとはまた布団全体に掃除機をかける。

布団以外のところにもいるかもしれない。
部屋の大掃除が始まった。
机も棚も、動かせるものは全部動かし、その下、裏も全部掃除機をかける。

ダニなどいるはずもないのに机の引き出しの整理も始めてしまった。部屋にある無駄なものも全て処分し、いつにもないほど綺麗な部屋になった。


だが、肝心な痒みは全くおさまらない。時折寝付けないほどに痒くなる。

痒いところを掻く。快感が脳みそをバンバン刺激する。

もっともっと掻きたくなる。そして次には痛みが襲ってくる。

その中にもまだ痒みがあって、体から血が出ても構わないから思う存分掻いてしまいたいという衝動に襲われる。



痒みはもはや避けがたい(inevitable)。

より一層の痒みや、痛みは自分次第(optional)。


痒いところを掻いては悪化する。分かっていても掻いてしまう。オプションがどんどん増えていく。頭じゃ分かっているがやめられない。

掻いて悪化したら夜も寝られないかもしれない。それでも気づけば掻いている。


どうして、掻くのはこんなに気持ちが良いんだろう。

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