違法の健康【毎週ショートショートnote】
――もう、たくさんだ。
ウェアにプリントされた国旗。
もう何十足めかも判らないシューズ。
鏡に映る空っぽな笑顔。
「君が出ないと始まらないだろう」
激励という名のお偉方の言葉は、もはや命令と同義だ。
絶望的な不調の時も。
選手生命を脅かす故障でも。
増える一方の期待と重圧に、心が折れてしまっても。
そして利益の大半を「競技発展のため」に、奴らが吸い上げていく。
――もう、たくさんだ。
予選会前夜。
俺は机の上のガラス瓶に手を伸ばすと、その中身を掌にのせた。
説明どおり、きっちり3錠。これですべてが終わる……
「信じられない、あの田原選手がドーピングなんて」
「しかも市販の風邪薬飲むとか。超一流選手のくせに迂闊だよね」
「来年のオリンピック、アウトじゃん。もう引退?」
口さがない世間の評判とは裏腹に、彼の表情はこれまでになく穏やかだった。そして遠いどこかの片田舎で、過酷なトレーニングとも厳格な体重制限とも無縁の生活を楽しみ、健やかに暮らしたという。
【あとがき】
全日本クラスの選手になると、日々のトレーニングやドーピング対策は本当に大変だと思います。ましてや国を代表するレベルになると、芸能人まがいの取材や追っかけもあったりしますし……
いろいろ難しいものですね。
*この記事は、以下の企画に参加しております。
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