穴の中のピアノ《ショートショートnote杯》
「さ、ここに蒔こう」
庭の片隅でパパが手を開くと、一粒の小さな種が現れた。白いかたまりに胡麻のような黒い点がちょこんと付いている。
その種を浅く掘った穴の底に置くと、上からそっと土をかけた。
「パパ、これ何の種?」
「これはピアノの種さ。今は白黒1つずつの鍵盤しかないけれど、これから穴の中で大きくなって立派なピアノになるんだよ」
ユキちゃんは目をぱちくりさせた。
「そしたら?」
「大きくなると穴の中でピアノが曲を弾いてくれるんだ。それが咲いた花から聴こえるんだよ。楽しみだろ?」
待ち望んだ春が来た。
芽吹いた双葉はみるみる大きくなり、やがて百合のような真っ白の蕾をつけた。
「もう咲くかな…」
息を呑んで見つめる二人を前に、花は微笑むようにゆっくりと開いた。
流れてきたのは——『エリーゼのために』
「ママの好きな曲!ママにも聴こえるかな、パパ」
「勿論さ。ほら空を見てごらん」
目に滲んだ涙が零れ落ちないように、パパはぐっと大きく空を仰いだ。
お読み下さってありがとうございます。 よろしければサポート頂けると、とても励みになります! 頂いたサポートは、書籍購入費として大切に使わせて頂きます。