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うどん大学キャンパスライフ ~ちくま800字文学賞 応募作品 ①

「よう、味噌煮込み。待てよ」

うどん大学新入生の味噌煮込みは、ぎくりとして足を止めた。恐る恐る振り返ると、四年の讃岐と伊勢が意地の悪い笑みを浮かべてすぐ後ろに立っているではないか。二人は立ちすくむ味噌煮込みに向かって、なおもずいっと詰め寄った。

「おまえ、うどんで味噌ってマジ訳わかんねー」

讃岐が乱暴に味噌煮込みの肩を小突く。思わずよろける味噌煮込みの横っ面を伊勢がその太い麺でぴしりと弾いた。

「しかもめっちゃ硬いし。どんだけ煮ても半生とか、笑うわ」

絶対的な知名度を誇る讃岐や、格の違う神領地が出自の伊勢を相手に反論できるはずもなく、味噌煮込みは目に出汁だしを浮かべて土鍋のふちを噛んだ。

その時遠巻きに見ていたうどんの中から、端正な風貌の水沢がすいと歩み出た。
彼の生家はその地でも屈指の名店『丸田屋』だ。水沢は俯く味噌煮込みの横に立つと、独特の三角の竹ざるを静かに讃岐たちへ向けた。知名度こそ劣るが日本三大うどんの一つに数えられ、しかも創業四〇〇年超を誇る老舗の御曹司を前に、さすがの讃岐と伊勢も口をつぐんだ。

「彼の麺が硬いのは、捏ねる時に塩を使わないからだよ。塩分はグルテンを強く引き締めてコシを出す。でも食べる時は大量のお湯で茹でて塩抜きしなきゃならない」

呆気に取られた讃岐と伊勢が、ぽかんと口を開ける。

「けれど塩の入ってない彼はじかにぐつぐつ煮込めるから、麺に風味豊かな味噌出汁がしっかりしみ込むんだ。しかも肉や野菜、時には卵まで入った栄養価の高い優れたうどんなんだよ」

緻密な理論に面食らった讃岐と伊勢は、器の中でぶつぶつと悪態をつきながらそそくさと姿を消した。

「気にするな。君は君だ」
「そうよ。今は個性の時代よ」

替わって駆け寄った稲庭いなにわ氷見ひみの熱い言葉に、顔を上げた味噌煮込みの目から今度こそ一粒の出汁がこぼれ落ちる。
広いキャンパスに、芳ばしい味噌の香りがふわりと心地よく広がっていった。

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秋田柴子
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