うどん大学キャンパスライフ〈1050字〉
「よう、味噌煮込み。待てよ」
うどん大学新入生の味噌煮込みは、学食でいきなり後ろから声をかけられてびくりと立ち止まった。恐る恐る振り返ると、そこには四年の讃岐と三年の伊勢がにやにや笑いながら立っていた。
――まずい。
そう思ったが足が動かない。立ち尽くす味噌煮込みの行く手を阻むように、二人はずいっと一歩詰め寄った。
「おまえ、うどんで味噌ってマジ訳わかんねー」
讃岐が乱暴に味噌煮込みの肩を小突く。思わずよろける味噌煮込みの横っ面を、伊勢がその太い麺でぴしりとはじいた。
「しかもめちゃ硬いし。どんだけ煮ても半生。笑うわ」
悔しさと情けなさのあまり、味噌煮込みは目に出汁を浮かべた。
圧倒的な規模と知名度を誇る讃岐や、格の違う神領地を出自とする伊勢に較べたら、自分がその足元にも及ばないのはよく判っている。うどん界で時に異端とまで言われる味噌煮込みは反論もできず、ただ俯いて土鍋のふちを噛みしめた。
その時、遠巻きに見ていたうどんの中から端正な風貌の水沢が歩み出た。彼の実家は水沢でも屈指の老舗『田丸屋』だ。水沢はうなだれる味噌煮込みの横にすらりと立つと、その独特の三角の竹ざるを静かに讃岐たちに向けた。知名度こそ劣るが、日本三大うどんの一つに数えられ、しかも天正十年創業を誇る『田丸屋』の御曹司を前にして、さすがの讃岐と伊勢も口をつぐんだ。
「彼の麺が硬いのは、捏ねる時に全く塩を使わないからだよ。塩はグルテンを強く引き締めてコシを出す。そのかわり食べる時は、大量のお湯で茹でて塩抜きをする必要がある」
唐突に始まった水沢の講釈に、讃岐も伊勢もぽかんと口を開けた。しんと静まり返る学食内の異様な雰囲気にも構うことなく、水沢は太くはないがコシのある声で淡々と続けた。
「塩を一切使っていない彼は、土鍋に入れた風味豊かな味噌出汁で直にぐつぐつ煮込むことができる。それで味のしみた独特の旨さのうどんになるんだ。しかも鶏肉や椎茸、ネギは勿論、時には卵や餅まで入っていることもある。栄養バランスが良くてコスパの高い、優れたうどんなんだよ」
水沢の的確で論理的な解説に気圧された讃岐と伊勢は、器の中でぶつぶつと悪態をつきながらそそくさと姿を消した。入れ替わるように、稲庭と氷見が急いで駆け寄る。
「気にするな。君は君だ」
「そうよ。今は個性の時代よ」
水沢が静かに頷く。
顔を上げた味噌煮込みの目から、今度こそ一粒の出汁がこぼれ落ちた。
広い学食に芳ばしい味噌の香りがほんわりと心地よく漂った。
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