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【#創作大賞2024】蒼に溶ける 第2章 ⑥ 喪失

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「お母さん! お母さんっっ!! なんでっ……どうしてよっ……!」

狭い病室の中に、結依の悲痛な叫びが響き渡る。
ベッドに横たえられた沙和子の顔には白い布がかけられ、その体はもはや動くこともない。その沙和子の亡骸にすがって悲嘆にくれる結依の後ろで、晃雄と大樹が言葉もなく呆然と立ち尽くしていた。

「沙和子が……なぜ沙和子がこんなことに……」

ようやく晃雄が言葉を絞り出すと、部屋のすみでひっそりと控えていた警官が、遠慮がちに言葉を挟んだ。

「奥様……鈴村佐和子さんは、本日五時頃にご近所の○○スーパーへ行かれた帰り、交差点の横断歩道を渡ろうとして向かいから左折してきた車に撥ねられたと見られています。信号は双方ともに青で、当然歩行者が優先のはずですが、目撃者の証言によると、この車はかなりのスピードで交差点に進入してきたようで……」

「そいつはどこだ! その運転していた奴を出せ!」

警官の説明を遮って、晃雄が大声を出した。傍にいた大樹が慌てて止めに入るが、晃雄はその手を振り払って警官に詰め寄った。

「そいつはどこにいるんだ! 早くここへ連れてこい! 沙和子を殺した奴を連れてこいっ!」
「お気持ちは判ります。ですが容疑者はただ今取り調べ中で……」

だが晃雄は警官に掴みかからんばかりの勢いで怒鳴った。

「容疑者? 何を言ってるんだ! 容疑者もなにも、目撃者もいるんだろう! そいつが沙和子を撥ねたんだろう。だったらそいつが犯人じゃないか。妻を撥ねた奴に会わせろと私が言ってるんだ。今すぐここに連れてこい! できないなら私がそっちへ行くぞ!」

「鈴村さん、落ち着いてください! それ以上の行為をされますと公務執行妨害で……」

制止に入ったもう一人の若い警官を、晃雄は血走った目でぎろりと睨んだ。

「公務執行妨害? ああ、逮捕できるんならやってみるがいい。私はな、現役経産省の人間だ。弁護士とも検事とも太い繫がりがあるんだよ。君のようなはしたものが何を言おうと……」

「お父さん!」

床に膝をついたまま、結依が般若のごとき形相で振り返る。

「今、そんなこと言ってどうすんのよ! お母さんの近くでそんな汚い言葉吐かないで! 最期までお母さんにそんなこと聞かせないでっ!」

負けずと晃雄が大声で叫び返した。

「汚いだと!? おまえに何が判る! 妻を奪われた悔しさが、勝手放題のおまえに判ってたまるかっ!」
「と、父さん、やめなよ」

大樹は慌てて晃雄と結依の間に割って入ると、ベッドの脇に膝をついている妹に向き直った。

「結依もさ、自分で言っただろ? 枕元でそんなことを言ったら、母さんが悲しむだろう。そもそも父さんの気持ちを考えろよ。つい最近、祖父ちゃんを亡くしたばっかりなんだよ、父さんは。それで今度は母さんを……その父さんを責めるような真似をするなよ」

結依はベッドの端を握りしめるようにして、ゆらりと床から立ち上がった。その結依の目も赤く腫れ上がっている。

「じゃあ、今ここに相手の人を連れてきてどうするっていうの? 私だって悔しいし、轢いた相手が憎いのは同じだよ。でもそんなことより、今はお母さんの顔見てあげてよ! お母さんの手に触れてあげてよ! もうすぐ本当に会えなくなっちゃうんだよ! これ見よがしに自分の立場振りかざしてる場合じゃないんだって!!」

「結依、おまえ……!」

一歩踏み出した晃雄を前からは大樹が、後ろからは二人の警官が止める。

「――皆さん、落ち着いてください。動揺されるお気持ちはよく判ります。ですが先ほどお嬢様がおっしゃったとおり、今はまず奥様、お母様とのお別れを最優先になさってください。正直、もうこの先はまとまったお時間を取るのが難しくなってきます。いろいろお考えもあるかとは思いますが、ひとまず今は……」

年嵩の警官の言葉に、晃雄が怒りに赤黒く染まった顔で不承不承脇を向いた。張りつめた糸が切れたように、結依が再び床にくずおれる。

「……っ、おかあさ……っ」

沙和子の枕元に供えられた線香の煙が結依の嗚咽に応えるように、かすかにふらりとたなびいた。


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秋田柴子
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