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【#創作大賞2024】蒼に溶ける 序 章

【あらすじ】

2054年・日本。
今や故人の埋葬は薬品で遺体を溶かす『水火葬』が主流となり、火葬は一部の富裕層にのみ許されていた。幼い頃に火事に遭い、火葬に怯える沙和子は水火葬を望むが、夫の晃雄から一蹴される。裕福だが夫の婉曲な支配下で暮らす沙和子に、真の自由はなかった。父の支配に憤り、母の自立を促す娘の結依。だが母の急逝を機に、父・晃雄との対立が顕わになる。せめて海へ散骨して母の望みを叶えようとする結依を、母の姉・純江と住職の岡崎が助けつつ守っていく。
一方妻を失い、精神の安寧を失って本来の歪んだ素顔を晒す晃雄。その父との峻烈な訣別の果てに、結依は懐かしい母の遺骨を抱いて、母の故郷の海へと向かうのだった。



「――お別れのお時間でございます」

神妙な声を合図に、デッキにつどっていた人々が一斉に頭を下げた。かすかなすすり泣きが、吹き抜ける海風にちぎられるようにして流れ去る。
参列の人々が見守る中、子供が隠れられそうな大きさの壺が船に付属したアームで持ち上げられ、ともにほど近い右舷から海の上へ突き出されていく。

やがて海面すれすれまで下げられた壺は、次第にゆっくりと傾き始めた。アームが壺の蓋を開けるごとりという鈍い響きも、打ち寄せる波の音に紛れてデッキまでは届かない。
一瞬の間をおいて、傾いた壺から透明な液体が、細く静かに海へ注がれていく。デッキの上から身を乗り出して見つめていた人々の中から、嗚咽の混じったため息のような声が上がる。

中身をすべて注ぎ切った壺が再びゆっくりと持ち上げられ始めた時も、人々は吹き渡る海風に髪の煽られるまま、蒼い海原をいつまでも見つめ続けていた。


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序 章

【第1章】 ① 特権  ② 火事  ③ 海還葬

【第2章】 ① 葬儀  ② 違和感 ③ 母と娘  ④ 本音  
      ⑤ 急報  ⑥ 喪失  ⑦決裂

【第3章】 ① 勘違い ② 迷い  ③ 施設  ④ 四十九日  ⑤ 納骨

【第4章】 ① 相談  ② 母の過去  ③ 進言と拒否  ④ 決断
      ⑤ 電話  ⑥ 交流  ⑦ 覚悟

【第5章】 ① 変貌  ② 絶景  ③ 地震  ④ 決行  ⑤ 暴挙
      ⑥ ギフト ⑦ 慟哭

【終 章】



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秋田柴子
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