鍋に入るカニ
《この記事は、身内ネタ満載の内容となります。
よろしければ、本記事最下部の引用記事をご覧の上、お読み頂ければ幸いです》
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せっかくの連休、奮発してタラバガニを買った。
家族もいなけりゃ恋人もいない。せめてこれぐらいの贅沢は許されるだろう。
それにしても甲殻類というのは、どうにも不思議な生き物だ。表情もないくせに、妙に強固な意思を感じさせる面構え。
このふてぶてしいカニを普通の鍋で茹でるのは、何だか危険な気がする。
俺は縁の欠けた土鍋の代わりに、頑丈な圧力鍋を取り出した。
これなら茹でられるカニの姿を見なくて済む。
圧力鍋の中に水を張ってタラバガニを入れると、がっちり蓋をロックして火にかける。
しばらくすると、鍋の中でカタカタと音がして、蒸気口から勢いよく白い湯気が出てきた。
「たらは〜かに」
……何だ、今のは。
キッチンには俺の他に誰もいないのに。
「たらは〜かに、たらは〜かに」
耳を澄ますと、どうも蒸気口から噴き出す湯気の音らしい。しかも何故か湯気の色が心なしか青くなっている。
何だか気味が悪くなってきた。
だが無情にもタイマーが鳴る。
温度が下がるまで待つと、俺は恐る恐るロックを外した。さっきの妙な音はもう聞こえない。
「大丈夫、だよな…」
蓋を開けた途端、ブルーインパルスのスモークのような鮮やかな青と白の湯気が沸き上がる。
熱い…!
鍋の中には、タラバガニの殻と思しき破片がバラバラと散り、代わりに青白ツートンカラーの立方体がぷかぷかと気持ちよさそうに浮いていた。
「何だこれ…いや何だか…気分が…」
それが俺の最後の記憶だった。
やがて目の前が白と青の霧でもったりと覆われ、俺の頭の中は、とろりとした蜂蜜でゆっくりと満たされていった。
今、俺の家の前には、白いゆりの花束がひっそりと供えられている。
* この記事は、毎週ショートショートnote参加作品ではありません。
*以下、粒揃いの猛者たちがお書きになった作品です。副作用に充分ご注意の上、用法・用量を守ってお読み下さい。