この中にお殿様はいらっしゃいますか?【毎週ショートショートnote】
「殿は何処じゃ!」
――またか。
幼い頃から乳兄弟として育った右近には判っている。書物蔵だ。
主君・豊前守頼康は、虫がつくほどの本好きだ。だが武張った家風に合わぬとの誹りは免れなかった。
「当主になどなるものではないわ。のう、右近」
それが頼康の口癖だった。
「右近、殿を知らぬか。まさかまた書物蔵ではあるまいな」
「はて」
苦い顔の家老と共に、右近は城の片隅にある書物蔵へ向かった。
「あー、この中にお殿様はいらっしゃいますか?」
演じ物のように声を上げて扉を叩く。
果たして中でかさりと音がするや、右近はすかさず大きな咳ばらいを落とした。
「――おいでにならぬようですな」
「そうでなければ困る。一国一城の主が本狂いなどと……」
御意とばかりに右近は頭を下げた。
「では他へ参りますか――なに、あと一刻もすれば見つかりましょう」
「……なんじゃ右近、急に声を張り上げよって」
「いや、お気になさらず。こうするぞ、と我が身に知らしめるためでござる」
そう言うや、怪訝顔の家老を急き立てて城の中へと戻っていく。
――あとで迎えに来ます故、それまでゆるりとなされませ。
昼の陽ざしが古い蔵を白く暖かに包んでいた。
【あとがき】
「置かれた場所で咲きなさい」って、時に残酷な言葉になり得るよな……と思ったりします。きっと昔でも、自分の生まれた環境がものすごく辛かった人はいるんだろうな……(単なる嗜好や我儘とは違う次元で)。
半・引きこもりの私には珍しく、最近イベントが続いておりました。
おかげで書くのもお留守でしたので、まずは毎ショ道場でリハビリを……と思ったら、なぜかより難しくリニューアルされてた(涙)
いつも文字数オーバーですみません。
*この記事は、以下の企画に参加しております。
お読み下さってありがとうございます。 よろしければサポート頂けると、とても励みになります! 頂いたサポートは、書籍購入費として大切に使わせて頂きます。