翔べ君よ大空の彼方へ 7-❷ 雌伏
年が明けてからの彼の成長振りは進境著しく、いよいよその成長曲線が本格化に向かうのだろうと、関係者誰しもが期待に胸を踊らせていた。
一回り大きくなったであろう青毛の馬体を煌めかせ、前膝から球節までの半分以上が楽に埋まる程の深く重い洋芝をも苦にせずに、アップダウンの激しい丘陵コースを駆け抜け、英国の大自然を楽しむかのように、更なる能力アップの為の鍛錬を重ねていた。
英国入りしてからも、彼の学習能力の高さを彼等は改めて目の当たりにする事となった。
馬は河原の砂利の上を走る際、着地時には脚に力を入れない。
何故なら、砂利がどう動くかわからないからである。
学習能力、危険察知能力に優れている馬は、その不測の事態に対応する走りをするのだ。
これと同様、ヨーロッパの深く重い洋芝を彼がどう克服するのか?
過去に欧州遠征を実施した各馬の苦戦の要因である、自然の草(グラス)が混在した、水分を多く含むペレニアルライグラスという洋芝への対応、そしてその芝の下に隠されている不安定な路盤と馬場の高低差。
最大の敵はこの洋芝と馬場の不均一性であろう。
自然の地形を生かしたコース形状、馬場の素材を考えても、明らかにスピードよりもパワー勝負。
特に、ダービーが開催されるエプソム競馬場の、コース途中で42メートル坂を上り、その後30メートル下りながら、また最後に坂を上り、ゴールを迎えるという、正に難攻不落のようなコース。
この430キロの小柄な馬体の彼は、いかにして対処するのであろうか
彼は、駆けに駆けた。
そして•••駆けながら気付いたのであった
。
〝この馬場は今まで駆けていた馬場とは全く違うぞ!〟と。、
彼は翡翠色の瞳を凛と輝かせ、大きなストロイドで駆けながら、細かくピッチをも刻み、そして自らの走りを見つけたのであった。
彼等は目を瞠った。誰かが呟いた。
THE SKY IS THE LIMIT FOR HIM!
彼の能力は、無限大だ!と。
決して守りに入る事なく、もっと伸びしろを引き出してあげよう•••英国屈指の敏腕トレーナーの最大限の支援、協力の元、日本からも尾形スタリオンの獣医師を含む調教スタッフ、装蹄師が現地に長期滞在し彼を支えていた。
そう、チーム総力戦で挑まなくては宝物を手にする事はできないのだ。
特に主眼を置いたのは、オンとオフの切り替えである。彼の状態や気持ちに目を配り、余計な負担やストレスを感じさせないように、と。
欧州流のハードな調教を終えると、彼の憩いの時間が始まる。
おとなしいポニーの後ろをゆっくりと歩き散歩をし、湖で水と戯れ(たまに泳ぎ、)、山々を見上げ、森を歩いては小鳥の囀りに耳を澄ませ、広い馬房で猫や犬と戯れる。
そして、クラシック音楽を聴きながら眠りに就く。
特に、精神面の成長が顕著であった。
外国馬との触れ合いで一層の度胸を身に付けたのだろう、常に堂々と落ち着き払っていた。彼にとってはハッピーな環境である事は間違いない。
広大な英国の大地を駆け、風を、匂いを、大自然を感じながら、彼は日々鍛錬し、そしてのびのびと過ごしていた。
しかし、彼は忘れてはいない。
今は雌伏の時•••静かに、静かに牙を研ぎ続けているのであった。
PS•••いつもお目に留めて頂き、心より感謝申し上げます🥹🙏
次回配信は、8月21日正午🕛となります!
荒々しい嘶きが山を越え、空へと溶けてゆく。ライバルもまた🐴🔥💨😤😤
それではまたお会いしましょう🥹🙏
AKIRARIKA