翔べ君よ大空の彼方へ 5-⑰ 颯爽と、
彼は早朝、新千歳空港の出発ロビー前にて搭乗便を待っていた。
彼が管理しているG1レース6勝の名馬の近況を確認する為、空港近郊にある生産ファームに顔を出した帰りであった。
確かに重症ではあったけれど、競争能力喪失には至っていない。リハビリは順調に進んでいる。
先程、翻意にしている調教師が管理する出走馬の最終追い切り連絡を受けたばかり•••彼の息の弾むような喜びようが、彼にも大いなる力を与えてくれる。
何より、治療休養している名馬が彼の顔を覚えており、甘える仕草を見せてくれた事は、調教師冥利に尽きるというもの•••まあ忘れられていたり、後ずさりされては困るのだが。
搭乗アナウンスが始まり、彼が席から立ち上がったその時、胸ポケットに入れていたスマホが振動した。
LINEの着信•••動画が送られてきたようだ。
彼は•••その動画に釘付けとなった。
1頭のサラブレッドが、まるで宙を飛ぶかのように•••。
その惚れ惚れとする動きを見せているサラブレッドの動画を、飽きもせず何度も見続けていた彼は、ハッと我に返り当初の目的を思い出す。
〝危ない危ない!〟
彼は脱兎の如く駆け出した。
彼の嗅覚が、スパイシーな香辛料の匂いを捉えた。ベッド脇のサイドテーブルに置かれたスマホの時刻は、午前8時を指している。
もう少し眠っていたいと思ったものの
、先程から胃が空腹音を発しており、彼は勢い良くベッドから飛び起きた。
「おはよう!」
「おはよう!もう少し寝てればよかったのに!まあ、あと30分で起こそうと思ったけどね!」ソファーで寛いでいる彼女が言った。
やはり今日の朝食はカレーだ。
彼の大好物の、かぼちゃカレー、じゃがいも無しの鶏肉入りである。
彼女が笑った。
「玲奈もほら、鼻をヒクヒク動かしているんだよね。まあさすがに食べれないけど」と言って、フサフサの髪の毛を撫でている。彼女に抱かれた女の子の頬っぺたを彼がツンツンとすると、嬉しそうに笑顔を見せた。
「さて、顔でも洗ってこようかな」
そう言って立ち上がったその時、彼のスマホがLINEの着信音を知らせた。「ん?」
彼がスマホを手に取りLINEを開くと、彼は驚きの声を上げた。
2人は送られてきたその動画に釘付けとなった。
満月に照らされた広大な牧場を駆け巡る1頭のサラブレッド•••見間違えようもない、あの青毛の馬体が躍動していた。
「凄いね!」
「うん!かっこいいよね!」彼女も倣う。
「早く先輩にも見て欲しいよね、この勇姿を•••」彼の呟きに彼女は頷いた。
「大丈夫。翔馬君は強いから!もっと強くなって帰って来るよ!」
リビングに飾られた千羽鶴の束が、湖を望むことのできるベランダからの暖かな風に吹かれながら揺れていた。
彼は、長年勤務していた施設を退職し親友を看取った後、中山競馬場近くにある居酒屋からほど近い場所のマンションに居を構えた。
これで食生活に困る事は無い。
1日2時間、週に3度のアルバイトで食べ放題は、正に渡りに船である。そして何より、馬券はほとんど買わないけれど、競馬場が近くにあるという事が大切な事•••これで彼が戻ってきたならば。
〝さて、今週の出走馬の動向でも確認しようか!ブレストファイヤーの復帰戦も明後日に近付いているし〟
今週日曜、生観戦を楽しみにしている彼が、コーヒーメーカーからコーヒーを注ぎ、テレビのリモコンのスイッチを入れたその時、スマホが振動した。
「ん?」
息子からの動画が届いた様子である。
〝どれどれ〟
彼はソファーに腰を下ろし、その動画を開く。
彼もまた、その動画に釘付けとなった
。
満月に照らされた広大な牧場の敷地を颯爽と、縦横無尽に疾走する天馬•••四肢を彩る長い白斑が、闇の中で躍動していた。
息吹と、情熱と、躍動と。
そのシルエットの美しさは、例えようもないほどの奇蹟と呼べるもの。この配合を進言した彼に、心からの畏敬の念を抱いた。
〝この姿を見たら、どれ程の喜びに満たされるだろうか•••〟
「翔馬•••みんな待っているからな•••」
彼は時を忘れ、何度も繰り返しその動画を見続けていた。
PS•••いつもお目に留めて頂き、心より感謝申し上げます🥹🙏次回配信は、5月11日午前8時です🕗大僧正と翔馬の最後の⁉︎いよいよ翔馬が⁉︎それではまた次回お会いしましょう🙏🙏
AKIRARIKA
おまけ
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