翔べ君よ大空の彼方へ 8-㉓ 夢の始まり
2人の男性が佇んでいるその視線の先には、360度見渡す限り雪に包まれた広大な土地が広がっていた。
遥か先、東の方向に見えるのは太平洋であろう。太陽の光の反射で、キラキラと輝きを放つのが見てとれた。
青年は、恰幅の良い一人の大物馬主とその壮大な景色を眺めていた。
あまりにも広大すぎて、言葉にならないのであろう•••驚きに包まれている青年に、彼は笑みを浮かべて言った。
「この場所が、私の夢の始まりだ。その夢は君の夢でもある。そしていつか•••」
青年は、夢想をするかのように瞳を閉じた。
どこまでも広がる草原を、森を、丘陵を、大地を駆けるサラブレッドの群れ。
どれほどの時間そうしていただろうか
•••やがて青年は目を開き、そして空を見上げた。
その瞳は、夢と希望、そして覚悟の意志に満ちているかのように、輝きを放っていた。
馬主の男性もまた、青年の隣に立ち、力強い視線で大空を見上げた。
所々に点々と雲が浮かぶその大空を。
「ヒヒ〜〜ン!」
1頭の競走馬が別れを惜しむかのように甲高い嘶きを発した。
栗東トレセン内•••日本が世界に誇る英雄の旅立ちを見送る為に、朝日厩舎のみならず、他厩舎のスタッフや関係者、大勢のホースマン達がこれでもかと押し寄せ、その賑やかさは増す一方であった。
「何だファイアスター、永遠の別れじゃないんだから!」
翔馬は苦笑いを浮かべ、その美しい鼻面を慈しむかのように抱き寄せた。
「時間を作って会いに行くから心配するな!みんなの言う事を聞いて、立派なお父さんになってくれよ!フェニックスに負けないようにな!」
ファイアスターは翔馬の意を察したのか、〝ブルルン〟と鼻を鳴らし、翔馬の頬をぺろりと舐めた。
隣に帯同している白馬は、泰然自若といった様子である。
白い馬体により一層磨きのかかったフェニックスルージュは、ロス五輪障害馬術競技において、フランス人のクリストフ•エリーを背に、見事金メダルを獲得した、仏の英雄である。
瀕死の重傷•••死の危機に立ち向かい、生を勝ち取った不屈の闘志、そしてその血統背景と彼自身が秘めているその潜在能力から、後世にその血を残すべきとの声が仏で巻き起こり、乗馬から種牡馬へと異例の転身をする事になったのだ。
日本での2年間の供用の後、生まれ故郷へ戻り種牡馬生活を送る事になっていた。
ファイアスターは言うまでもなく、このフェニックスルージュもまた、日本での初年度産駒から二冠牝馬を輩出、そして仏では三冠牝馬を輩出させるという快挙を成し遂げ、その貴重な血統を後世に伝える事になる。
旅立ちの刻が来た。
ファイアスターは翔馬を見つめた。
「お前は世界中の生産界から期待が掛けられている。その尊い血を世界の競馬史に残せ!後世に血を繋げろ!頑張れよ!引退した後は、お前がゆっくりとできる場所を用意しておくからな!そこで一緒に過ごそう!」
主人の声が聞こえた。
ファイアスターは力強く嘶いた。
大空へと。
何かを伝えるかのように。
届けとばかりに。
「フェニックス、行って来い!
お前のその不屈の闘志を世界中に広げ、お前の名を競馬の歴史に刻んで来い!」
翔馬は白馬の首筋をポンと叩き、エールを贈った。
白馬は、自らを鼓舞するかのような華麗なピアッフェを披露し、力強く鼻を鳴らした。
ファイアスターは、自身を見送る人々の姿を記憶に焼き付けるかのように、ゆっくりと視線を巡らせた。
そして、感謝を伝えるかのように、その四肢を左右に大きく広げ、その星形のスターマークを、炎の流星を、翡翠色の瞳を、頭を垂れるかのように、その長い首を下げたのだ。
人々はハッと息を呑み彼を見つめた。
不屈の闘志を持つ英雄、そして、読心
、心眼の才をも持つ不世出の名馬•••やがて、彼等を見送る輪の中から拍手が沸き上がった。
その拍手の波が続々と広がってゆく中を、彼等は堂々王者の歩様で歩みを進めた。
馬運車に乗り込む寸前、ファイアスターは一瞬歩を止め、そして翔馬と瞳を合わせた。
人馬は一心同体•••瞳と心で言葉を交わした。
〝終わりは、また新たなる始まり•••〟と。
大いなる夢と希望、期待を一身に背負う2頭を乗せた馬運車が、今、北の大地へと旅立って行く。
人々は、彼等の姿が見えなくなるまで手を叩き、心からの祝福のエールを贈っていた。その瞳に、心に、新たなる夢を抱きながら•••。
新たなる未来の始まりであった。
PS•••いつもお目に留めて頂き、心より感謝申し上げます🥹🙏
新章•••次回配信は、12月18日水曜日正午となります🕛
それぞれが、覚悟と決意の一歩を踏み出します!夢に向かって💨😤
それではまたお会いしましょう🥹🙏
AKIRARIKA
明日は2歳王者決定戦、朝日杯FS👑
あとは、誕生日が同じパンジャタワーかな😁🙏🙏