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翔べ君よ大空の彼方へ     2-㉒ 出陣

残り9

 競馬に携わるすべての関係者がこの大舞台を目指す。
 仔馬がこの世に生を受けたその瞬間から戦いは始まる。
 人々の愛情と叱咤激励を受け、競走馬として育ち、人馬一体となり、ただ1頭だけに与えられる栄誉を、同じ年に生を受けた数千頭のサラブレッドの頂点を目指す戦い・・・それが東京優駿、日本ダービーだ。

 彼は今、1頭のサラブレッドと共に、栄誉あるダービー馬の称号を目指す戦いに挑む。デビュー8年目の初の大舞台であった。

 空は重い雲を広げ、陽の光は翳り、ただ雨だけが強く降りしきる。

 彼らにとっては過酷な戦いになるであろう。それでも人馬は呼吸を整え、悠々とパドックを周回していた。

 オッズを示すオーロラビジョンが、このレースが大混戦になるであろう事を示すかのように、有力馬の動向を逐一知らせていた。

 その中でも、単勝1.3倍の不動の1番人気は、皐月賞馬ゲメインシャフトであった。
 札幌で行われた新馬戦、不良馬場をもものともせず、ノーステッキで3馬身半突き抜けた、重戦車モーリスの産駒である。

 しかしながら、2番人気から6番人気までもが単勝1ケタ台という大混戦となり、スピードだけではなく、圧倒的なパワーを要する馬場となった事から、馬場適性も問われ、オッズも目まぐるしく変動していた。

 現在のところ、2番人気に父バゴの皐月賞2着、新馬戦不良勝ちのバッケンレコード、3番人気に父エピファネイア、皐月賞3着のスターダイナマイト、4番人気に皐月賞で果敢に先手を奪った、父ハービンジャーで不良の新馬戦、大差勝ちのあるユーアーマイン、5番人気にトライアル青葉賞勝ちのジャンヴァルジャン、そして6番人気に父ドゥラメンテ、前走青葉賞2着でダービー出走の権利を得た、ストロングクーガー・・・ここまでが単勝1桁台であった。

 翔馬は相棒の息遣いを確かめていた。
首筋に顔を埋める。彼の鼓動が、ドクンドクンと伝わってきた。いつもより大きく響いてくるのは気のせいか?人気と重圧は比例する。しかも、大舞台なら尚更だ。

 俺のせいか?翔馬は笑った。
引き手を引いている厩務員が翔馬の笑顔に気づいたのか、声をかけた。
「翔馬君、何かいいことあったの?」

 パドックは、悪天候を吹き飛ばすかのような熱気で溢れ、たくさんの観客がこの舞台に立つ事が許された18頭の勇姿に視線を注いでいた。横断幕も雨に負けずに華やかに彩りを与えている。

「いやあ、やはりいつもより人が多いからね!」
「そりゃあ、何といってもダービーですからね!」
 厩務員も笑った。

 翔馬はこの大舞台に挑む事に、運命の不思議さを感じていた。

 初めて競馬の世界を知った2007年・・
・ウォッカのダービー制覇を目の前にし、体が熱くなった。自身の夢を見つけたからだ。

 馬に触れ、鼓動を、息遣いを、そして命の尊さを知った。
 競馬学校に入学し、好敵手と競い合い、騎手になる事ができた。そして今立つこの大舞台。

 翔馬は勝負服の左手首を捲った。

 《一緒に進もう!自分を信じて、さあ楽しもう!》

 力強く記されたその文字をじっと見つめ、目を閉じ、右手を重ねた。

 この思いを、命を連れて行く!


 翔馬は相棒のたてがみを優しく梳きながら、首筋をポンと叩いた。そして、
フッと息を強く吐き出す。
 相棒は一瞬立ち止まり、ブルルンと鼻を鳴らし身震いをした。

 人馬共に勝負モードに切り替わり、地下馬道への道を進んで行く。

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