翔べ君よ大空の彼方へ 5-⑫ 鐘の音
2ヶ月前に生を受けたその小さな命は、2人の愛情に見守られ、すくすくと成長していた。
ようやくお腹がいっぱいになったのであろうか、母親の小指をしっかりと握りながら、うつらうつらとしている。
やがて、その小指から手が離れ、スヤスヤと寝息を立て始めた。どうやら本格的な眠りに落ちた様子•••玲奈と名付けられた、その小さな天使の寝顔を、歩夢と久美は飽きもせずに眺めている。
「寝たね」歩夢が囁いた。
「寝たね」久美が微笑んで、天使の柔らかい髪の毛を撫でている。
「そろそろ出てみようか?」
2人は静かに立ち上がる。その可愛い寝顔を確認してから、忍び足でベランダへ向かった。
下弦の月と、湖の対岸に煌めく街明かりが 幻想的な装いを醸し出していた。
2人は耳を澄まし、その光のページェントを眺めていた。
心に想う大切な人と共に生きる為の、且つ、自らを解放する為の旅が終わった。
あとは•••。
彼の目の前に散らばっていた悲しみの種•••それがすべての始まりであった。
空を見上げながら、大地と呼吸を合わせながら、自らの肉体を酷使して、一心不乱に祈り、歩き続けた。
この世界は確かに残酷であった。
けれど、彼の前にはいくつもの幸せの種が落ちていた。
数えきれぬほどの善根やお接待、出会い、笑顔、別れ、涙、そしてエール•••。
その1つ1つを彼は拾い上げた。
1つの縁は、点から線となり、やがて円となり、彼を今この場所へと導いたのであった。
読経を終えた彼は、大任を任された不安を微塵も感じさせない、美しい所作で立ち上がった。
その瞳は無垢の輝きを放っている。
永遠なる瞑想を続ける多くの仏像が、彼のその光り輝く背中を優しく見守っていた。
目を閉じて呼吸を整える。
脳裏を駆け巡る、様々な感情、これまでの日々。
彼は、自分を不幸だと、哀れだと思い
、自分に対する哀れみという穴の中へ落ちてしまったのかもしれない。
けれど、踠きながらも地上へと這い戻り気付いたのだった。
至極単純明快な事に。
未来は誰にも分からない事を。
何が起こるかのかを完全予測するのは不可能なのだから。
過去はどうやっても変えることはできない。だから、過去を悔やむよりも、明日に向かって未来へと向かう〝今〟を精一杯生きよう!と。今、為すべき事を怯まずにしっかりと果たそう•••と。
行く年と来る年•••。
彼は目を開け、補助をする付き添いの僧侶に頷いた。
そして•••。
この場所へと導いてくれたすべての出会いに感謝して、その鐘を力強く•••。
少年と両親は目を閉じて、それぞれの願いを捧げていた。
少女は瞳を閉じ、ただ1つの願いを祈り始めた。
言葉にはしない、胸に秘める思いを、それぞれに願うホースマン達もまた、目を閉じ耳を澄ませる。
今は亡き親友のグラスに再度なみなみとワインを注いだ2人。
静寂に包まれている北国の牧場で、ウイスキーを傾けている2人。
耳を澄ませながら、美しい光のページェントを見つめている2人。
その瞬間、荘厳なる鐘の音が鳴り響いた。
「ゴオ〜〜〜〜〜ン」
遠く、彼方まで、彼らの元へと届けとばかりに、想いを、心を込めた鐘の音が空へと、天へとこだまして行く。
再生の年の始まりであった。
PS•••いつもお目に留めて頂き、心より感謝申し上げます🥹🙏次回配信は、4月24日水曜日午前8時です。その歌声が、天にこだまします🥺🥲翔馬は何を思い、泣いているのか?🥺それではまた、お会いしましょう🙏🙏
AKIRARIKA
😸ある日の一日🐈
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