翔べ君よ大空の彼方へ 4-㉓ 円の中の縁
天気予報は外れ、生憎の雨模様。
午前7時、少女は目覚まし代わりのスマホのバイブを止めて、勢い良くベッドを飛び降りた。音を立てないように廊下をそっと歩き、階段を降りキッチンへ向かった。母の由奈子は既にいそいそと朝食の準備を始めていた。
「おはよ!お母さん!」
「おはよう!眠いでしょ?」加奈はブンブンと首を振った。
だし巻き卵を作るのは、加奈の役目。
美味しいだし巻き卵を食べてもらうのだから。
今日は朝からチーズインハンバーグにだし巻き卵、そしてメインのオムライスの三重奏•••きっと喜んでくれるだろう•••加奈は気合を入れて卵を溶き始めた。
彼は、コンビニのイートインコーナーで、オムライスとハンバーグ入りのお弁当で昼食を摂っていた。
すると、買い物を終え、出口に向かおうとした1人の男子高校生が近づき、
「お疲れ様です!」と言って、温かいコーヒーをお接待してくれた。
彼は丁寧に頭を下げ、両手でそのお接待を受け、感謝の言葉を唱え納め札を渡した。
高校生の彼は、大切なものを扱うかのように、自身の生徒手帳にその札を大切にしまい込んだ。
雨に濡れた体だけではない•••心までも暖かくなり、彼はその背中が見えなくなるまで若者を見つめ、その未来を願った
。
四国霊場で最も高い911メートルに建つ六十六番雲辺寺を打ち、再び瀬戸内海を目指す。
目的地へ向かう船舶が引き起こす白い船跡、広大な海に浮かぶ大小の島々が金色の太陽の輝きを受け輝いている瀬戸内海もまた、いつかの土佐湾で見た同様の美しさ•••彼は時を忘れ、ただただ立ち尽くしていた。
540段の石段を登り切り、ようやくたどり着いた七十一番弥谷寺に到着した彼は、岩壁に埋め込まれた神秘的な大師堂の前で読経を唱え始めた。
数人の遍路者が彼の後ろで瞑目し、合掌をしていた。
七十五番善通寺は弘法大師誕生の地•••
彼の目の前には、見た目も鮮やかな精進料理の数々が並べられた。
なぜそのようなお接待を受けるのか、彼にはわからなかった。
見つめる僧正の瞳は、優しさに溢れていた。
彼は僧坊に招かれ、一夜の滞在をする事になった。
翌朝4時からの勤行に参加し、6時半、僧正の見送りを受けて、彼は出立した。
手には僧正から頂いた風呂敷包みを下げていた。
海を見渡す事のできる山頂のベンチで
、彼は包みを解いた。
円の中にありながら、縦にも横にも張り巡らされたその深い縁に感謝をしながら、決して忘れはしない懐かしいその味を見つめていた。
高松市が近づいてきた。
遍路旅もあと僅か•••彼は、旅を惜しむかのように、地に足をつけて歩み始めた。
高松藩主生駒家の別邸として造園された天下の名庭、栗林公園を越え、八十五番八栗寺を打ち、夕暮れに輝く小豆島を見つめながら、過去2度訪れた善根宿に向かったが、本日は満室という事で宿泊はできなかった。
しかし、ここでも彼は大いなる善根に助けられた。
宿を運営するご夫妻が、息子夫婦に連絡を取り、お接待を受ける事になったのだ。
20分程で2人は車で駆け付け、彼を自宅へと案内した。
「今日は僕達の結婚記念日なんですよ。あなたに祝ってもらえれば、これ以上嬉しい事はありません」と、2人は彼を歓待した。明日で結願と分かっているのか、
「洗濯をしますね」と、彼女が言った。
彼女が、その黒く汚れた白衣を愛おしそうな表情で受け取り、笑顔を見せた。
「お風呂上がりのうどんは最高です!」
入浴を終えた彼の前に、讃岐うどんと見た目も鮮やかな大盛りの天ぷらが並べられていた。
彼は丁寧に頭を下げた。
「お接待、本当にありがとうございます
。そして、結婚記念日おめでとうございます」2人は笑顔を見せ、
「ではいただきましょう!うどん足りなかったらまた切りますから、遠慮しないでくださいね」と彼が言った。
手打ちのうどんはコシがあり、喉を通って行く感覚が心地良かった。
〝これが本場の讃岐うどんか•••〟
かぼちゃ、茄子、サツマイモ、ピーマン、レンコン、ちくわ、海老天、春菊•••揚げたての天ぷらがどんどんと3人の胃の中に収まって行く。
3人はお代わりを繰り返し、笑顔で語らいながら、2人は彼の前途に祝福を、彼は2人の未来に幸せがありますようにと願いあったのだった。
そぼ振る雨の中、今結願に向けて旅立つ青年が1人••• 3度の祈りの言葉を唱え
、納め札を手渡し、2人に別れを告げようとしていた。
「本当にありがとうございました。お二人が末永く幸せでありますように•••」
「あなたにも。これからのあなたにたくさんの幸せが訪れますように•••」
青年は丁寧に頭を下げて、背を向け歩き出した。
雨に濡れながらも、力強く歩いて行くその姿を、2人はいつまでも見つめていた
。
八十七番長尾寺を打ち、小雨の中を厳しい岩場が立ちはだかる最後の難所、女体山へ向かった。
あと一息であった。
きつい傾斜を足を斜めに出し、ゆっくりと下る。
雨はようやく上がったようだ。
これまでの長い旅程の中でも一番の急勾配の岩場を、足を滑らせないように注意しながら、やがて女体山を登り切り、下りの階段を降りたところで、彼は驚きの光景に出会った。
まるで、彼を誘うかのように、彼の行き先を示すかのように、無数の白い蝶が
、彼の目の前に現れたのだ。
「蝶は魂を運ぶ、命を運び繋いでくれる架け橋•••天使なんだよ!」
これは、天国からの彼女の贈り物なのだろうか•••彼は瞳から溢れ出るものを拭いながら、ヒラリヒラリと舞う一羽の蝶に導かれるように、八十八番大窪寺への道を歩み始めた。
PS•••いつもお目に留めていただき、心より感謝いたします🥹🙏次回配信は3月6日水曜日午前8時です。翔馬が•••⁉︎夢の中で⁉︎それではまた、6日にお会いしましょう🙏🙏
AKIRARIKA
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馬旅の続きです🐴🤭
それではまたの続きを🐴🐴🤭