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脱メヌエット主義

1800年4月2日、ベートーヴェン初の自主公演がウィーンのブルク劇場で催されました。彼は宮廷オーケストラを丸ごと雇って公演を開き、満を持して第1作目の交響曲を世に問うたのです。

元来、交響曲とは、コンサートの幕開けを告げる「序曲」的な存在に過ぎず、ソリストの妙技を楽しむ声楽作品や協奏曲などの演目がメインに配されるのが常でした。ところが、このブルク劇場公演では、ともに披露されたピアノ協奏曲第1番を差し置いて、交響曲第1番がトリに置かれました。ベートーヴェンは、オードブルをメインディッシュにしてしまうというコペルニクス的転回をしでかしたのです。

本作は、冒頭の意表を突く開始(主和音で始まらない)や、終楽章のエネルギッシュなスピード感など、新しい交響曲像を提示せんとする気概が随所に迸っています。

とりわけ面白いのが第3楽章メヌエット。

明らかに様子がおかしいです。疾走するテンポと、随所に仕込まれた爆発的なアクセント。もはや、メヌエットではなくなっている!メヌエットって、こういうエレガントな音楽だったはずでは…?

メヌエットとは、宮廷で踊られた優雅なダンスで、一般の人々にも人気がありました。交響曲のような多楽章形式の作品に定着したのも、元をたどれば、人気のダンス音楽で聴き手をくつろがせようとする聴衆サービスだったと考えられます。

そして、古典派の時代、ハイドンのような宮仕えの作曲家は、求めに応じて次から次へと新曲を書かねばならず、ソナタ形式やメヌエットなどの楽章の「型」が効力を発揮しました。こうして、似たような構成の交響曲や弦楽四重奏曲が大量につくられていったわけです。

そんな中、ハイドンが、弦楽四重奏曲集 Op.33(1781年)の中で新しい試みをしました。従来のメヌエット楽章にスケルツォ(冗談)と記し、一見メヌエットのようでありながらも、突然止まったり、音量を急激に変化させたり、アクセントをズラしてギクシャクさせたりという「冗談」を仕込んでいます。

ハイドンは、交響曲のメヌエット楽章でも、メヌエットと名づけつつ同じような「冗談」を炸裂させ、遊び心を発揮しました(例えば交響曲第104番「ロンドン」)。

その過程で、メヌエットは、元のダンス音楽から離れ、踊れないメヌエットになっていきました。モーツァルトはハイドンを研究して弦楽四重奏曲集「ハイドン・セット」を書きましたが、彼の交響曲第40番(1788年)のメヌエットも、踊れないメヌエットの典型です。テンポもだいぶ速まり、くつろぎではなく、新鮮な驚きやスパイス的効果が追求されています。

ベートーヴェンの交響曲第1番の疾走感あふれるメヌエットは、さらにテンポを速め、3拍子が1拍子に感じられるほど。楽章の「型」としてのメヌエットは形骸化し、ベートーヴェンは、次作、交響曲第2番(1802年)で、ついにメヌエットの名を捨て、交響曲の楽章に初めてスケルツォの名を冠しました。

このベートーヴェンの疾走するスケルツォを踏襲して、ショパンが器楽曲としてスケルツォを書いたのもとても面白いことです。文献によると、ショパンはベートーヴェンのソナタ第12番を愛奏していたようで、どんな演奏だったか聴いてみたいものですね!

参考

古楽研究の旗手だったアーノンクールが、バッハやモーツァルトの解釈をめぐり鋭い論考を展開。ブランデンブルク協奏曲やロ短調ミサなど個別の作品の分析もすこぶる読み応えがあるし、バッハの楽器法やオーセンティックな演奏習慣、「モーツァルトにおける演奏解釈の指示」(スタッカートの表記:・と|の違いなど)まで、バロックや古典に対峙するうえで必読です。今回の内容も、「メヌエットからスケルツォまで」の章で面白く考察されています。

アーノンクールといえばこちらも必携書です。語る音楽から歌う音楽への変容。音で語るとは何か?かつて楽譜出版が盛んではなかった頃、音楽を演奏するのは専門家に限られたので、演奏上の自明な習慣は記譜されませんでした。それを読み解くうえで必要な視座にいざなってくれます。

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初出 月刊音楽現代2017年12月号 内藤晃「名曲の向こう側」

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内藤 晃
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