着想のリレー〜月光ソナタをめぐって
「月光」の名でおなじみの名曲、ベートーヴェンの幻想曲風ソナタ 嬰ハ短調 Op.27-2。
実は、この第1楽章の着想源は、彼が大好きだったモーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》にあると言われています。第1幕開始早々、騎士長が息をひきとる場面。この部分を採譜した譜面が、実際にベートーヴェンのスケッチに残されているそうです。
*動画はすべて当該箇所から再生できるように設定してます
アンドラーシュ・シフがレクチャーでこのことを指摘していて、耳からウロコが落ちる思いでした!
ベートーヴェンは、このオペラが好きだったようで、こんな曲を書いていたり、
ディアベリ変奏曲 Op.120では、第22変奏で、《ドン・ジョヴァンニ》第1幕冒頭が顔を出します。
さて、時を経て、ベートーヴェン生誕100年を記念したベートーヴェン像建立プロジェクトの資金集めで、人気作曲家たちによるベートーヴェンへのオマージュ作品を集めたアンソロジー楽譜「ベートーヴェン・アルバム」が企画され(詳しくは拙稿「ベートーヴェン・メモリアルをめぐる物語」)、シューマン《幻想曲》、メンデルスゾーン《厳格な変奏曲》などが寄せられました。ここに、ショパンが《前奏曲 嬰ハ短調 Op.45》を寄せているのですが、これはベートーヴェンの月光ソナタへのオマージュになっているようなのです。
この曲は、半音階的な揺らめきと度重なる転調をともなって幻想的に書かれていて、特に、短音階とフリギア旋法の揺らぎと、ナポリ6の和音がとても印象的です。短調の音階のII度音がフラットした変化音をたびたび通過して、音楽が絶妙な翳りを見せるのです。
同じ嬰ハ短調で書かれた月光ソナタも、このナポリ6の和音が実に印象的に使われており、第1楽章のアルペジオやナポリは、来たるべき第3楽章への伏線となっています。そして、同じ嬰ハ短調のナポリの響きが月光ソナタを彷彿とさせつつ、それをショパンならではの筆致で即興的に展開していきます。
ショパンは、ベートーヴェンをあまり弾きませんでしたが、月光ソナタはレパートリーにしていたようで、ヴィルヘルム・フォン・レンツがこんな証言をしています。
ベートーヴェンといえば、ショパンによる嬰ハ短調(Op.27-2)と変イ長調(Op.26)のソナタの演奏はじつに独特で、ピアノを力づくで弾くような様子は見られなかった。絵というよりはむしろデッサンを描いているようであり、演奏しているというよりはざっと粗描しているように感じられた。
ショパンは、他にもベートーヴェンではソナタ第10番ト長調 Op.14-2もレパートリーにしていたようです。数あるソナタの中で、叙情性の光るこの3曲をチョイスしていたのがショパンらしいなと思います。
そして、同じ嬰ハ短調で書かれたショパンの幻想即興曲にも、この月光ソナタの幻影が登場します。
ココが、月光ソナタ第3楽章のココとウリ2つ…(途中のシ♯から見てください。まったく同じ音型!)
こういう、着想のリレーみたいなのって面白いですよね!
幻想即興曲は、ベンノ・モイセイヴィッチの素晴らしい演奏があります。
参考
エーゲルディンゲルの名著ですが、残念ながら中古でしか手に入らないようですね…!ショパンに関する興味深い論考が満載で、この前奏曲と月光ソナタの話のほか、クープランのクラヴサン書法とショパンの作風の関連、オペラの影響など、とても面白いです。
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