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クララ・シューマンの弟子たち

音楽之友社から、ブラームス演奏にかんする論文集「ブラームスを演奏する」の邦訳が出た。

​自分は曽我大介先生に勧められ、ベーレンライター社の原書で読んでいたが、初めて読んだ時は衝撃を受けたものだ。クララ・シューマン門下のピアニストたちにブラームスがレッスンをし、その人たちの録音が残っているとは!作曲家に直接指導を受けた人たちの録音を聴くと、その作曲家特有の音楽観や美意識が朧げに見えてくるのである。

ブラームスはクララ・シューマンの弟子たちに大いに興味を示し、自分の曲の勉強では助け船を出してやるのが習慣になっていたようだ。
(アデリーナ・デ・ララの証言ー「ブラームス回想録集1」より)

とりわけ我々ピアニストにとって必読なのは、ニール・ペレス・ダ・コスタ(音楽学者、シドニー大学)による第3章。ブラームスに直接レッスンを受けていた人たちの録音を分析し、演奏の共通点から、ブラームスが記譜に込めた固有の意味を見出そうとしている。

以下に、ウェブ上で聴ける録音をまとめてみた。本とともに、みなさんのブラームス研究の一助になれば嬉しい。

↑ファニー・デイヴィース(1861-1934)
イギリスのピアニスト。ドイツでクララに師事しブラームスの指導も受け、多くのブラームス作品のイギリス初演を担当する。

↑アデリーナ・デ・ララ(1872-1961)
イギリスのピアニスト。ファニー・デイヴィースの手引きで渡独し、クララとブラームスの指導を受ける。

↑カール・フリードベルク(1872-1955)
フランクフルトでクララに師事。1893年にオール・ブラームス・リサイタルをおこない、ブラームス自身の賞賛を得ている。ブラームスにもかなりインテンシブに指導を受けたらしい。後年はアメリカの音楽院で指導にあたった。

↑イローナ・アイベンシュッツ(1873-1967)
ブダペスト出身。4年間フランクフルトでクララに師事し、ブラームスの指導も受ける。Op.118とOp.119の初演を担当した重要人物。

↑エテルカ・フロイント(1879-1977)
ハンガリーのピアニスト。ウィーンで1年間レシェティツキーとブラームスに学んだあとブゾーニ門下となり、ブゾーニ指揮ベルリンフィルとブラームスの第1協奏曲でデビュー。長寿で状態の良い録音が残っているのが貴重。

「ブラームスを演奏する」と合わせて、「ブラームス回想録集1」はぜひとも参照しておきたい。ブラームス本人の演奏に関するファニー・デイヴィースの貴重な証言が載っている。

タッチはあたたかく深く豊かだった。fは雄大で、ffでもとげとげしくならない。pにもつねに力感と丸みがあり、一滴の露のごとく透明で、レガートは筆舌に尽くしがたかった。“良いフレーズに始まり良いフレーズに終わる”これがドイツ/オーストリア楽派に根ざした奏法だ。(アーティキュレーションによって生じる)前のフレーズの終わりと、次のフレーズの間の大きなスペースが、隙間なしにつながるのだ。演奏からは、ブラームスが内声部のハーモニーを聴かせようとしていること、そしてもちろん、低音部をがっちり強調していることがよくわかった。
ブラームスはベートーヴェンのように、非常に制限された数の表情記号で、音楽の内面の意味を伝えようとした。誠実さやあたたかさを表現したいときに使う<>は、音だけでなくリズムにも応用された。ブラームスは音楽の美しさから去りたいかのごとく、楽想全体にたたずむ。しかし1個の音符でのんびりすることはなかった。また彼は、メトロノーム的拍節でフレーズ感を台なしにするのを避けるために、小節やフレーズを長くとるのも好きだった。

アイベンシュッツ、フロイント、フリードベルクらの演奏ぶりから、ブラームス固有の美学を探りたい。続きはコスタ氏の文章をどうぞ…。

最後に、ブラームス本人の録音と、ブラームスの親友ヨアヒムの録音を…



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