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ベートーヴェン・メモリアルをめぐる物語

今年2020年はベートーヴェンの生誕250年。この騒動がなければ、あちこちでベートーヴェンの演奏会が催されるはずでした。演奏会や音楽祭がなくなっても、ベートーヴェンの素晴らしい音楽に思いを馳せたいものです。

作曲家の記念年に因んでその音楽を再評価しようとする動きは、昔から見られました。たとえば、ラヴェルの「ハイドンの名によるメヌエット」は、パリの音楽雑誌のハイドン没後100年企画で掲載された作品のひとつ。他にも、ドビュッシーやデュカスなど5人がこの企画に参加してハイドンに捧げる音楽を書いています。友人の大井駿氏の作ったツイート動画がわかりやすいので拝借…(見事な言葉遊び!)。

さて、19世紀、ベートーヴェンが亡くなってからほどなくして、彼の生誕75年(1845年)に合わせて、生地ボンにベートーヴェン像を建立するプロジェクトが立ち上がりました。人気ピアニストのフランツ・リストが、チャリティーコンサートなどで多額の資金集めをし、実現の立役者となりました。

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そのベートーヴェン像というのが、これです。うーん…壮観!

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ローベルト・シューマンも、このプロジェクトに賛同し、寄付目的を兼ねて、幻想曲 ハ長調 Op.17(1839年)をリストに献呈しました。シューマンはこの曲でベートーヴェンの歌曲集「An die ferne Geliebte 遙かなる恋人へ」Op.98の旋律を使い、ベートーヴェンへのオマージュと、自身の“遙かなる恋人”クララへの想いを二重に表現しています。

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この旋律が、ベートーヴェンの「遙かなる恋人へ」由来のものです。原曲で次のように歌われる部分です。

Nimm sie hin denn,diese Lieder,
Die ich dir,Geliebte,sang.
さあ受け取ってくれ、
かつて愛する君に贈ったこの歌を

この曲をめぐってはもうひとつの物語があります。シューマンが亡くなった後、未亡人となったクララが夫の作品を編纂した際に、この曲のリストへの献辞を削除してしまうのです。

シューマンは批評家でもあり、リストの演奏会評を執筆したりしていました。シューマン・カップルと、クララの父フリードリッヒ・ヴィークの対立に際して、リストはシューマンらを支持し、音楽界の有力者であるヴィークを、招待券の送付先から除外したと言います。リストは、1838年に「パガニーニによる超絶技巧練習曲」をライバル・ピアニストのクララに献呈。1839年、シューマンからこの「幻想曲」を献呈された際には、翌年、ライプツィヒ訪問中にシューマンを訪ねて自ら試演し、彼が涙を流して喜んだというエピソードが伝えられています。

事件は、1848年に起きました。リストがワーグナーと一緒にドレスデンのシューマン邸を訪問した際、クララは、弦楽器奏者を招いて夫シューマンのピアノ五重奏曲を披露します。それを聴いたリストがぼそっとつぶやきました。「ライプツィヒっぽいな(Leipzigerisch)」

これは、保守的なライプツィヒとかけて、堅苦しい音楽や演奏を揶揄する言葉で、レッスンルームでも再三弟子に放たれるリストの口癖でした。さらに、気まずい空気が流れる中で、リストはマイアベーアを褒め称えるのに、メンデルスゾーンの悪口を言いました。これにシューマンは激怒し、「メンデルスゾーンのような音楽家をそんな風に言うなんて、あんた何様のつもりか!」リストは慌ててシューマン家を退散、クララは「リストとはもうこれっきりだわ」と言ったそうです。

事件以降、クララは徹底してリストを避けています。1856年のウィーンでのモーツァルト・フェスティヴァルでは、リストが指揮者だったため演奏オファーを辞退。夫の生地ツヴィッカウでのシューマン記念碑の除幕式にも、リストが出席したために欠席しました。

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うーん、怒らせると怖いです…!

一方のリストは、弟子をレッスンする時に、悪い例としてよくクララを“口撃”しています。
「シューマン夫人みたいに身体をメトロノームにしないように」
「神聖なるクララさまは、それが良いと思って、魂を込めて頭をぐらぐら揺らすのだよ」

こんな口の悪いリスト先生のマスタークラスの模様は、アウグスト・ゲレリヒという弟子が詳細に記録を残していて、私の邦訳で出版を予定しています。読んでいただけると嬉しいです。

参考

リストの編曲者・楽譜校訂者・書き手(批評など)としてのさまざまな一面が、譜例を交えて考察されています。他にも、シューマンとのエピソードや、初期の弟子たち(タウジヒ、ビューロー、ベイチュ)のことなど、興味深い章が目白押しで、リストという人物を色々な角度から眺めるのにとても良い本です。

初出 月刊音楽現代2019年5月号 内藤晃「名曲の向こう側」

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内藤 晃
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