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12.「脳活動の同期」とチームビルディング・ワーク
脳が互いに呼応する不思議さ
私たちは日々の暮らしの中で、言葉にはしないけれど「なんだか相手と息がぴったり合った気がする」と感じる瞬間を経験しています。
ふと同時に笑いが起きたり、打ち合わせで誰かが言いかけたことを先に口にしてしまったり。
こうしたシンクロ感は、実は私たちの脳が持つ「相手のリズムに自然と同調してしまう」という性質に大きく支えられているのです。
これを専門的には「脳活動の同期(インターブレイン同期)」と呼ぶことがあり、近年の研究で次第に注目され始めました。
脳活動の同期とは、複数の人間が情報を共有し合ううちに、脳波や神経活動のリズムが部分的に重なる現象を指します。
興味深いのは、仲の良い友達同士が同じ映像を観て笑うときだけでなく、初対面の人同士でも意外なほどシンクロが起こり得るという点です。
例えば、あるプレゼンテーションで話し手が情熱的に語っていると、聞き手の脳内でも似たような活性パターンが観察されるといった研究結果が報告されています。
つまり、私たちの脳は「相手の思考や感情に反応しやすい」ようにできているわけです。
ところが、脳活動の同期を「目的」そのものに据えてしまうと、どうしても「みんな同じことを考える」「みんな同じ動きをする」というような強制的な一体感づくりに偏りがちになります。
健全なチームビルディングでは、参加者一人ひとりの違いや多様性を活かしながら、適度な連携や信頼関係を育むことが大切です。
そのためには「相手と息を合わせる力が私たちには備わっている」という事実を認識しつつも、それを無理に押しつけない姿勢が重要です。
今回の講座では、ヘリウムリングという定番ワークをはじめとした複数のアクティビティを通じて、この「自然に起こるシンクロ」がチームにどう作用するか体験できると思います。
そして、この事前レクチャーでは、各ワークがどのように脳活動の同期と関わり合い、どう進めればより効果的なのかをお伝えしていきたいと思います。
ヘリウムリングで感じる小さなシンクロ
まずは最初のワークである「ヘリウムリング」から見ていきましょう。
ご存知の方も多いかもしれませんが、軽い棒や輪っか(リング)を参加者全員が指先だけで支え、床と水平に保ちながらゆっくりと下ろしていくというワークです。
言葉にすると極めてシンプルな作業ですが、実際にやってみると何度も「棒が上がってしまう」事態に遭遇するはずです。
これは「下ろしたい」と頭で思っていても、全員がわずかに力を入れすぎてしまい、結果的にリングを押し上げてしまうから。
メンバー同士のわずかなタイミングのズレが顕在化する瞬間でもあります。
このワークを脳活動の同期の観点で眺めると、「みんなが同じイメージを共有し、同じペースで動かなければうまくいかない」という状況をわかりやすく体感できる点が特徴的です。
リングを下げる際に必要なのは「自分がどれだけ押しているか」よりも、「ほかの人は今どうしているか」を察するセンスです。
言い換えれば、脳内で「自分の動き」と「相手の動き」両方を同時にイメージしながら、相手のペースにほどよく合わせるプロセスが大切になります。そこに意識を向け始めると、意外なほど静かにリングが下りていく瞬間が出てきます。
脳の視覚や運動制御に関わる部分がほかのメンバーの動きに合わせて活性化することで、目に見える形のシンクロが発生するのです。
ただし、このとき大切なのは「さあ、みんなで脳波を合わせましょう!」と号令をかけないことです。
脳活動の同期は、強制的にやろうと思っても簡単にできるものではありませんし、むしろ参加者が「合わせなきゃ」「合わせなきゃ」と焦るほどぎこちなくなりがちです。
ファシリテーターとしては、「自分の指先の感覚と、隣の人の指先の動きに注意を向けてみましょう」「ちょっと声をかけながら動いてみましょう」といった程度の言葉がけに留め、自然に相互作用が生まれる環境を整えることに専念するのがポイントです。
結果的に「みんなで同じリズムで動けているな」と感じたとき、それはまさに脳活動の同期が兆しを見せている瞬間かもしれません。
もしメンバー間で大きな温度差や遠慮が見える場合は、ヘリウムリングを急いで成功させようとせず、意図的に「雑談タイム」や「試行錯誤の時間」を挟むのも一つの手です。
そうすることで、お互いのキャラクターやペースを把握し合い、脳が相手を受け入れやすいモードに切り替わっていきます。
一見遠回りに思えるかもしれませんが、こうした時間こそがじわじわと「個人の脳波」と「他者への意識」を結びつける潤滑油になるのです。
その後のワークで広がるシンクロの応用
今回の講座では、ヘリウムリングのほかにも、対話や身体を使ったアクティビティがいくつか用意されています。
たとえば、輪になって進める「トーキングオブジェクト型の対話ワーク」では、各自が交互に簡単なプレゼンをし、周囲から質問や感想をもらっていきます。
ここでの鍵は、「共通の関心をどう引き出すか」です。
脳活動の同期が起きやすいのは、複数の人が似たようなタイミングで同じテーマに興味を向けているときです。
話し手が情熱をこめて語り、聞き手が素直に疑問や感想を返すと、話し手も「この人は本気で聴いてくれているな」と感じ、さらに熱のこもった話し方になる。
結果的に、双方の脳波が近づいていく可能性が高まるのです。
また、チームで小さな課題を解決する「協力型パズル」などのワークでも、類似の現象が起こりやすくなります。
参加者が自然と「じゃあ私がこの部分を組み立てるから、あなたは隣のパーツを探してみて」と役割を分担しつつ、「どんな形が足りないか」「ここはどのくらいのサイズが合うか」など、具体的な情報をタイミングよくやり取りし始めると、驚くほどスムーズに作業が進む瞬間があります。
このときも「みんなで同じペースを守ろう」と口に出す必要はありません。むしろ、各自が自分の得意分野を生かしつつ、相手の動きを見ながら調整しているうちに、気づけば全員が心地よいリズムで作業を続けている。
こうした流れこそが、チーム内の脳活動の同期を後押しする場面なのです。
ファシリテーターとしては、各ワークの進行中に「何か困っている人はいないか」「誰か一人が取り残されていないか」を丁寧に観察して、必要があればフォローに入るのが望ましいです。
参加者同士のリズムが合い始める前にストレスや混乱が生じすぎると、脳が警戒モードに入り、なかなか相手の状況を感じ取る余裕が生まれません。
一方、ちょっとした声かけや席替えなどで空気が切り替わると、場の空気が一変して「おっ、なんだかいい感じに盛り上がってきたね」とみんなが笑い合う方向に向かうことも多いのです。
そこにこそ、脳活動がゆるやかにシンクロする「きっかけ」が隠れています。
自然な調和がチームを動かす力になる
以上のように、ヘリウムリング以降のワークも含めて、私たちがもともと持っている「他者とシンクロしやすい機能」を適度に刺激することで、チームは新鮮な協力関係や発想力を育んでいくことができます。
繰り返しになりますが、決して「脳波を合わせましょう!」と強要する必要はありません。
むしろ、「人間は自分が面白いと思うことや、お互いへの興味を通じて自然に脳活動をシンクロさせる可能性を持っている」という観点から、ワーク全体をデザインしていくのです。
チームビルディングにおいて重要なのは、全員が完全に同じ方向を向くことではなく、「少しずつ違うリズムや考え方を持ちながらも、必要に応じて交わり合い、力を合わせられる」関係性を育むことです。
そして、その関係性をカギとなる場面で後押ししてくれるのが、脳活動の同期という私たちの潜在的な能力だといえます。
一方で、メンバー同士の温度差が大きい場合には、ワークを飛ばして先に進むより、対話やアイスブレイクをもう一度増やし、お互いのテンポをつかむ時間を作るほうが得策です。
遠回りのようでいて、そこで育った「安心して相手を感じ取れる空気感」が、のちの「シンクロ」を生む貴重な土台になるからです。
今回の講座では、複数のワークを通じて「自然と息が合ってくるときの感覚」を味わっていただくことになります。
最初は苦戦したり、うまくいかなくて戸惑ったりするかもしれませんが、そこにこそ学びのヒントが潜んでいます。
「今、どうしてこんなにうまくいかなかったんだろう」「さっきまではバラバラだったのに、急に動きが揃ったのはなぜだろう」──そう問いかけてみると、自分の脳と仲間の脳がどのように相互作用しているのかが浮かび上がってくるはずです。
もともと私たちには「相手のリズムを察する」能力が備わっている。
それを刺激するだけで、チームの雰囲気はガラリと変わるかもしれません。
最終的には、ヘリウムリングを含む全てのワークが「チームビルディングのための導線」として機能することを期待しています。
脳活動がシンクロした結果、人間関係が深まるというよりは、人間関係が深まり合うプロセスの中で脳活動もシンクロしやすくなる──そういった自然な共鳴が、参加者同士の信頼感を大きく育んでくれることでしょう。
どうぞリラックスして、「ちょっと意識を向けたら、思いがけず息が合った」という瞬間を楽しんでください。
そこにこそ、人と人とが織りなす豊かなチームワークの種が眠っているのです。