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8.社会構成主義とチームビルディング・ワーク
社会構成主義の入り口
社会構成主義という言葉を初めて耳にすると、理論的で少し堅苦しい印象を抱かれるかもしれません。
しかし実際のところ、この概念は私たちが日常的に行っているコミュニケーション、対話、そして組織の現場ですでに体感している営みと深く結びついています。
例えば、会議の場で「この新人はまだ何もわかっていない」と言ったとき、私たちはその言葉が思い込みを助長し、相手をある枠組みに押し込めてしまっているかもしれません。
あるいは「うちの部署は変わりたくても変われない」という言葉を繰り返していると、その認識自体が組織内に新しい試みが生まれる余地を奪ってしまうこともあります。
社会構成主義は、まさにこうした言葉や認識がどのように私たちの“現実”を形づくっているのかを考える大切な視点なのです。
では、なぜこれがチームビルディング・ワークと大いに関係するのでしょうか。
実際のところ、チームや組織というものはメンバー同士のコミュニケーションや対話によって日々「意味づけ」が行われ、その集合体として機能しています。
目標設定の仕方、問題が起こったときの対処の仕方、さらには雑談のなかでさえ「このチームはどうあるべきか」という問いが潜在的にやり取りされているのです。
社会構成主義を理解すると、そうした日常の言葉がどれほど私たちの関係性や思考を縛る一方で、解放する可能性を秘めているのかが見えてきます。
私はこれまで、組織開発やリーダーシップ育成の場面で多くのファシリテーションを担当してきました。
そのなかで、チームがうまくいかないときほど、場にいる誰かが何気なく使っている言葉が一種の固定観念を生み、それが周囲を巻き込んでしまっているケースをしばしば見かけます。
例えばIT系スタートアップ企業でのチームビルディング研修において、「このプロジェクトは期限が厳しいから失敗は許されない」という一言が、メンバー同士のアイデア出しを萎縮させていたことがありました。
社会構成主義の観点から言えば、「失敗は許されない」という表現が「細心の注意を払う」以上の「恐れ」をチーム内に根づかせてしまったわけです。
恐れの雰囲気が一度広がると、メンバーは安全策しか取らなくなり、結果として新しい発想が生まれにくい状態に陥ります。
もし私たちが「私たちは失敗から学べるし、改善や再挑戦こそがイノベーションの鍵だ」という新しい言葉を紡ぎ出すことができれば、その瞬間からチームの空気は変わってくるかもしれないのです。
こうした実例を振り返ると、社会構成主義が提示する「私たちが言葉や対話を通じて現実を共同構築している」という視点は、単なる学問的トピックではなく、日常のチームマネジメントや組織内のコミュニケーションの核心に触れていると思わざるを得ません。
しかもそれは、専門家だけが持つ特別なスキルではなく、誰もが意識を向けさえすれば習得できる考え方なのです。
チームビルディング・ワークを深めるために、まずは社会構成主義が大切にしている“私たちが当たり前だと思っている前提を一度棚卸ししてみる”という姿勢を一緒に味わっていきたいと思います。
共同の物語がつくるチームの現実
社会構成主義を体感するうえで理解しておきたいキーワードの一つに、「共同の物語」という考え方があります。
これは、チームや組織のメンバー同士がさまざまな経験や言葉を持ち寄りながら、「私たちはこういうチームだ」「この組織はこういう使命を担っている」という物語を紡いでいる、という発想です。
ケネス・J・ゲーゲンは、私たちが当たり前に信じている現実や真実は、実はコミュニケーションのなかで共同的に作り出されていると述べました。
つまり、「リーダーは常に先頭に立って皆を引っ張るべきだ」「新人は指示を待つものだ」といった組織内の定説も、繰り返し交わされた対話の結果としていつのまにか“真実”扱いされている可能性があるのです。
では、なぜその「共同の物語」がチームビルディングにとって重要なのでしょうか。
たとえば製造業の現場で、ある生産ラインを担当するチームが「うちは正確さが一番大切。スピードを重視するなんて二の次だ」という共通認識を強く持っていたとします。
この認識が確立しているかぎり、新製品開発のときに多少のスピード感を優先しようとすると「いやいや、正確さこそ命だろう?」という意見が飛び出し、すぐに足が止まってしまうかもしれません。
しかし、もしそこで「確かに正確さも重要だが、スピードを上げる工夫だってできるのではないか」「両立できる方法があるかもしれない」といった新しい物語が語られ始めれば、チーム全体が異なる可能性を探求し始めるのです。
私たちがファシリテーターとして大切にしたいのは、この新しい物語を誰かが一方的に与えるのではなく、メンバーが自分たちの言葉で生み出すことを支援する姿勢です。
社会構成主義の視点を身につけると、「このチームを支えている物語は何だろう?」と好奇心をもって観察する癖がつきます。
そして、「その物語のどこに私たちが縛られているのか」「どんな別の物語を想像できるのか」と問いかけることができるようになるのです。
こうした問いかけが活性化すると、メンバー自身が「実はその“当たり前”が足かせになっていたのかもしれない」「じゃあ、こういう発想はどうだろう?」といったふうに新しい物語を創造し始めます。
これこそがチームビルディング・ワークをきっかけとする飛躍の始まりであり、変容の出発点だと考えています。
言葉と対話が生む変容
社会構成主義をより深く実感するには、何気ない言葉づかいや対話の質を見直すことが効果的です。
「言葉なんて単なる道具にすぎない」と思うかもしれませんが、実は言葉こそが組織やチームの文化や「当たり前」を日々再生産しているのです。
先ほどのIT系スタートアップ企業の例でも、「失敗は許されない」という言葉が恐れを生み出し、結果的に新しい提案がしづらい雰囲気を作っていました。
逆に、医療現場でチームビルディングを行ったときには、「私たちは患者さんのために犠牲になる」という表現をずっと使っていた看護スタッフの方々が、その言葉の背景にある熱い想いを共有し合い、「犠牲」という言い方を「サポート」や「ケアの拡充」といったポジティブなニュアンスに変えることで、チーム内の結束が高まったという経験もありました。
言葉の変化は、決して単なる言い換えにとどまらず、「こうあってもいいんだ」「こんなアプローチも可能なんだ」という新しい扉を開くきっかけになります。
では、ファシリテーターは具体的にどんなサポートをすれば良いのでしょうか。
社会構成主義の観点からは、「自分たちがどんな言葉を使っているか」を客観的に眺める時間をつくり、「もし別の言葉や比喩を使ったらどうなるだろう?」と試してみる場を設計することが鍵だと考えています。
例えば、会議やディスカッションの最中に「○○という言い方が出ましたが、これはどんな世界観を私たちにもたらしているでしょう?」と少し立ち止まって問いかけるだけでも、メンバーはハッと気づくことが多いのです。こうした問いかけを続けていくと、私たちの思い込みや前提が少しずつ見える化され、結果としてチームのコミュニケーションがより柔軟になっていきます。
さらに、社会構成主義が教えてくれるのは、私たちが作り出した物語は私たち自身が更新できるという点です。
たとえ長年続いてきた風土や慣習であっても、「やっぱりこれは一面的な見方だったかもしれない」と気づけば、新たな物語への移行は案外スムーズに進みます。
私が製造業のチームを支援した際に、「品質第一」というフレーズを「品質第一、そして挑戦も大切」というフレーズに変えたことがあります。
ほんの一言追加しただけですが、メンバー間で「挑戦」という言葉が話題に上る回数が増え、そこから新製品のアイデアが生まれたのです。
このように、一見些細な言葉の置き換えでも、チームが得る成果や行動の方向性は大きく変わっていきます。
社会構成主義が拓く新たな可能性
では、最終的に社会構成主義の学びは、私たちのファシリテーションやチームビルディングにどう貢献するのでしょうか。
端的に言えば、「チームは変わることができる」という実感を、より強く、より具体的に抱けるようになる点が最大の恩恵だと私は感じています。
多くの組織やチームが抱える課題として、「うちは昔からこうだから」「上が変わらないと下はどうにもならない」といった言葉が何度も繰り返され、まるで固定化された現実に束縛されているような感覚を持っていることが挙げられます。
しかし社会構成主義の視点に立てば、「その固定化されているように見える現実は、もしかしたら自分たち自身が言葉やコミュニケーションを通じて作り上げてきたものかもしれない」と考えられます。
もし自分たちで作り上げたのだとしたら、そこに新しい視点や言葉を取り込むことで、また違う現実を描くことも可能ではないでしょうか。
この発想が定着すると、チーム内での対話もより主体的になります。
「私たちが本当は目指したい姿はどんなものだろう」「そのために必要な言葉はなんだろう」「どんな小さな一歩から始められそうか」といった問いが自然と浮かび、みんなが共に考えようとする雰囲気が育まれます。
ファシリテーターは、そのプロセスを促しながら、必要に応じて問いや要約を差し込みます。
まさにここに、ファシリテーションスキルが飛躍的に向上するメカニズムが存在しているのです。
社会構成主義を軸に据えたファシリテーターは、ただ場を回すのではなく、場に集まる人々が作り上げる「物語」を一緒に観察し、それをより豊かなものへと変えていく伴走者として機能します。
このように、社会構成主義は「組織開発」「コーチング」「カウンセリング」など、さまざまな領域で注目を集めています。
その原点にあるのは、ピーター・L・バーガーとトーマス・ルックマンの『現実の社会的構成』(Berger, P. L. & Luckmann, T. (1966). The Social Construction of Reality. Penguin Books)という一冊です。
彼らは私たちが当たり前だと思っている“現実”が、実は社会的な文脈のなかで構築されたものであると論じました。
そこからインスパイアされた研究や実践は広がりを見せ、マイケル・ホワイトやデイヴィッド・エプストン(White, M., & Epston, D. (1990). Narrative Means to Therapeutic Ends. W. W. Norton & Company)らのナラティブ・セラピーにも通じ、そしてケネス・ガーゲンやダイアナ・ホイットニーらが設立したTaos Instituteでは、組織開発やチームビルディングの領域まで波及し、研究や実践がさらに探究されるようになりました。
私自身、多様な業界や立場の方と関わるなかで、この考え方を取り入れたチームビルディング・ワークが大きな成果を生む瞬間を何度も目撃してきました。
そこにはいつも、「現実は変えられない」という思い込みが「自分たちで作り出している現実ならば、変えられるかもしれない」という希望に変わるドラマがあります。
そしてそのドラマを後押しするのは、私たちのふとした一言や問いかけ、あるいは新しい言葉を探す積極的な試みなのです。
たった1つのフラフープが、そこにいる人たちの「世界観」を変えることがあるのです。
社会構成主義の視点を学ぶことは、チームや組織が抱える課題を別の角度から眺めることにつながります。
さらに言えば、一人ひとりが担っている役割や責任を改めて捉え直し、そこに柔軟性や創造性を吹き込むためのヒントにもなります。
もしあなたが「このチームは変わりようがない」「同じ失敗を繰り返している」と感じているのなら、まずは社会構成主義が示す対話の力を活用し、言葉が生み出す固定観念に風穴を開けてみませんか。
チームビルディング・ワークは、仲間同士の関係性を強化し、修復し、ケアし、新たな未来を築く基盤を整える取り組みです。
その基盤を形づくる根底には、常に私たちが「どんな言葉で語り合い、どんな物語を共有しているのか」があります。
社会構成主義の視点で事象を観察すると、ただアイスブレイクをしたりワークショップを開いたりするだけでなく、「私たちが一緒につくり出している物語は何だろう」「別の物語に書き換えるなら、何が変わるだろう」といった問いが自然と浮かぶようになります。
そして、その問いこそがチームの未来を大きく変える鍵なのです。
変化が難しいと感じる場面でこそ、社会構成主義のエッセンスは活きてきます。
私たちのファシリテーションスキルを高めてくれる実践的な道具として、どうぞ大いに活用してみてください。
困難に見える壁の向こう側に、新たな物語が待っているはずです。