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[RADIO] Smile mix 8月17日放送《フランスの音楽》特集

Fnam(南海放送)8月17日(土)朝10:00-10:30 "Smile mix"内のコーナー「ミズモトアキラララ」の内容を採録&加筆

PHOTO: Phoenix X / Roger Do Minh

パリ・オリンピックは3年前の東京大会とはかなり違った気持ちで楽しみました。

その一方で、ルール、判定、女子ボクシングの参加資格、選手村のエアコンや用意された食事、汚染されたセーヌ川、などなど───数々の問題も取り沙汰されました。しかしながら「なにはともあれ、こういうふうにうちらが決めたんだから、最後まできっちりやるもんね」と肝が座った姿勢を貫き、「さすがはフランス人だな」と、強く感銘を受けた次第です。

開会式はレディ・ガガの登場が話題を独占しました。閉会式はというと、噂にのぼっていたダフト・パンクの再結成こそなかったけれど、フェニックスが世界中のアスリートたちを巻き込んで、堂々たる演奏を披露。ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ、エールなども共演し、インディ・ロックファンの溜飲を下げました。

とはいえ、世界的に有名な音楽家、あるいは俳優たちがフランスには数多いるのに、どうしてフェニックスに白羽の矢が立ったんだろう? と不思議に思ったのも事実です。実際、ヴォーカルのトーマス・マーズによると、オファーはたった3週間前。ひょっとしたら、別の大物の代役だった可能性もありそう。東京大会もかなりのドタバタでしたが、パリもこのへんは似たりよったりだったのかも。

ちなみにトーマス・マーズの奥さんはソフィア・コッポラ。次の開催地はロサンゼルスですし、フェニックスがフランスとアメリカを繋ぐのにふさわしい存在だった、と解釈しても面白いですね。

では、番組でお届けした楽曲とその解説です。

M-1 セルジュ・ゲンズブール「醜男(ぶおとこ)の美学」

1979年のアルバム『フライ・トゥ・ジャマイカ』に収録されたレゲエチューン。ドラムとベースはおなじみスライ&ロビー。ギターはマイキー・"マオ"・チャン、オルガンはアンセル・コリンズ、コーラスにアイ・スリーズ……と、ジャマイカの最強軍団がバックを務めています。

セルジュは言わずとしれたフランスを代表するポップ・アイコン。1928年生まれの彼は30歳のときに歌手としてデビュー。同年、彼の作詞・作曲で、フランス・ギャルが歌った「夢見るシャンソン人形」が世界的に大ヒットします。音楽活動以外に俳優や映画監督としても活躍し、ブリジット・バルドー、ジェーン・バーキンなど、数々の美女たちと浮名を流したプレイボーイとしても、つとに有名。ジェーンとのあいだに誕生した一人娘が、現在も女優、歌手として活躍中のシャルロット・ゲンズブールです。

多才でプレイボーイ───と言えば、伊丹十三を想起してしまいますが、ルックスは決して美男ではなく、どちらかといえば、田中邦衛みたいな個性的な顔立ち。原題の「Des Laids Des Laids」もずばり"ブサイク"という意味です。ぼくが好きなのは最後のほうに出てくる、非常に達観したこの歌詞。

Enfin faut faire avec c'qu'on a
La sale gueule mais on n'y peut rien
D'ailleurs nous les affreux
J'suis sûr que Dieu nous accorde
Un peu de sa miséricorde

まあ、与えられたものでやっていくしかない
ブサイクな顔だけど、どうしようもない
それにぼくたちのような醜い男には
神様がちょっぴり慈悲を与えてくれるはずさ

セルジュは1991年に62歳で他界しましたが、亡くなるまで暮らした家を娘のシャーロットが記念館として整備するプロジェクトを立案。サン・ローランがサポートする形で今年、実現しました。その名も「メゾン・ゲンズブール」。これもちょっと伊丹さんを彷彿とさせますね。


M-2 アンリ・サルヴァドール「ぼくの島で(Dans mon île)」

続いてはアンリ・サルヴァドール。歌手、コメディアン、役者、TVタレントとして活躍した人物で、フランスの国民的スターレジオンドヌール勲章のコマンドゥールを受賞しています。

レジオンドヌール勲章は、よくフランス版の国民栄誉賞に例えられますが、日本のそれと違って、フランスに貢献した外国人にも与えられます。コマンドゥール(司令官)は上から3つ目。日本人では渋沢栄一、北里柴三郎の新札コンビ、他にSONYの盛田昭夫なども受賞しています。

カリブ海出身の両親のもと、当時、フランス領だったギニアで1917年に生まれ、12歳でパリに移住。そして、ジャズに出会い、ギターやトランペット、ドラムを独学で習得。その後、ギターを弾きながら、歌も歌い、タップも踏むという、植木等さん的な才能を発揮。24歳の時、レイ・ヴェンチュラ・オーケストラというビッグ・バンドのメンバーとして南米ツアーに出かけます。しかし、第二次世界大戦の影響から旅先で足止めを喰らい、そのまま3年も南米に留まることになりました。

そして、南米生活の思い出をもとに1957年に書いたのが「ぼくの島で(Dans mon île)」で、かのアントニオ・カルロス・ジョビンに大きな影響を与え、ボサノヴァの誕生に一役買った曲、と言われています。

音楽文化にはさまざまな場所、個人や集団の体験から産まれた要素が溶け込み、そこから枝分かれし、別の形に変化していきました。『方丈記』の書き出しにある「ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず」のようです。もちろん、フランスをはじめ、イギリス、スペインといった西欧列強は第三世界のさまざまな国を植民地化。そこから資源を搾取し、原住民たちを奴隷化するという悪しき歴史を持っています。もちろん、払われた犠牲を見過ごすわけにはいかないですが、クレオール文化の産物として、キューバのハバネラやブラジルのショーロ、その後、カリプソ、サルサ、ボサノヴァ、レゲエ、あるいはジャズやヒップホップといった多様な音楽を育んだのも事実です。たとえば、柔道は戦場で敵を組み伏せ、首を打つための格闘術「組打」に端を発して、そこから江戸時代に「柔術」という武芸になり、やがてスポーツとしての柔道と合気道に枝分かれしました。他人を殺める技術が人を鍛錬する道具=スポーツに改良され、世界的に定着した格闘技の流れにもどこか重なるところがあると思います。


M-3 ドミ&JDベック 「ボーリング feat. サンダーキャット」

新世代の音楽家として注目されているドミ&JDベック。2022年のファーストアルバム『ノット・タイト』より、サンダーキャットとの共演曲。

キーボードのドミ (DOMi LOUNA)と、ドラムスのJD・ベック (JD BECK)による2人組ユニット。JDは2003年生まれのアメリカ人。2000年生まれのドミがフランスのメスという一山越えればルクセンブルグとかベルギーに近い地方都市の出身。彼女はパリ国立高等音楽院を卒業後、ボストンのバークリー音楽大学に留学。2018年にアメリカでJDと出会ってグループ結成。先程の曲が入ったアルバムは名門ブルーノートからリリースされました。今回のオリンピックでも、特に女子のスケートボード競技は、10代前半の選手たちのめざましい活躍で話題になりました。スポーツも音楽も才能が経験を補い、また凌駕するという点で共通すると思います。先月、55歳になったばかりのおじさんとしては、若者たちの輝かしい活躍に目を細めつつ、自分は大器晩成と信じて、これからも頑張っていきます(笑)。


M-4 マルコム・マクラーレン・スターリング・カトリーヌ・ドヌーヴ「パリ・パリ」

セックス・ピストルズの生みの親であるマルコム・マクラーレン。彼がこよなく愛したパリをトリビュートした、1994年のアルバム『PARIS』。今年リリース30周年記念で、大変豪華なリイシュー盤も発売されました。

ティーンエイジャーの頃からポケットにボリス・ヴィアンやカミュの本を持ち歩き、サルトルの唱えた実存主義に強い影響を受けていたというマルコム。彼がもし今も存命なら77歳。マルコムが開会式をプロデュースして、この『PARIS』の世界観を具現化していたら? なんて妄想すると楽しい。また、マルコムはヒップホップやブレイクダンスを世に広めた立役者のひとりでもあります。

ああ、そんなセレモニー、本気で観たかったな。

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