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[第一回] 赤乃れんのぶたカレー

 カレーと書くか、それともカレーライス(あるいはライスカレー)と書くかでメニューの印象は不思議と大きく変わる。それと同様にポークカレーと書くか、ぶたカレーと書くかで、食欲への刺激指数が変化するのもまちがいない。

 で、今日のお昼にぼく食べたのは後者。ぶたカレー。いちど目にしたら絶対に忘れられない。忘れられないどころか、思わず口に出しちゃったもんな。ぶたカレー。

 松山市の中心部にある「銀天街」。そこに唯一残る甘味処が「甘党の店 赤乃れん」。かつてはもう一軒、同じ銀天街の、少し松山市駅寄りに「甘党まつや」という、みたらし団子で有名な老舗があった。構えがもっと大きくて、店頭で団子を焼く醤油の焦げたニオイが周囲に漂っていた。残念ながら「まつや」はぼくが松山へ戻ってきたのと同じ年(2013年)に建物ごと消滅してしまった。その後に出来たのが牛丼の「松屋」……となると良いオチがつくところだけど、実際は「鎌倉パスタ」ができた。

 どちらかと言えば、ぼくは「甘党まつや」に行くことが多かった。名物のみたらしをじつはあまり好きじゃなかったので、ソフトクリームを祖母に買ってもらってよく食べた。

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 かたや「赤乃れん」は小さいころに母か祖母に連れられて来られた記憶もあるにはある。でも、それがほんとうにここだったか定かではない。というのも、じゅうぶん歴史を感じさせる内装なんだけど(特に鶯色の壁)店構え……特に看板が新しくなっているせいで、その記憶に自信が持てないのだ。

もはや、ぼくが子どもの頃の記憶を話すことって半世紀前の出来事について語ることになってしまう。ちょっと古そうに見えても、聞いてみると、二、三十年前にオープンにしたお店だったってこともよくある。自分自身の「築年数」とこうした場所の「築年数」を比較して唖然とすることが今では全然めずらしいことじゃない。五十年の歴史がある飲食店なんて少なくなってしまった。

 甘味処というのは(デパートの下着売り場や化粧品コーナーほどじゃないにせよ)男性がひとりでブラっと入るのはなかなか勇気がいる。もちろん躊躇なく入れる甘党の男性も大勢いるだろうけど、少なくともぼくはひとりで入ることがまったくない。こうして、おいそれと足が向かない場所へあえて飛び込んでいくことも、強引に言えば”旅”である。

 もちろんこの店はぜんざいや汁粉、団子、夏場は圧倒的にかき氷が主力商品だ。午後一時半を過ぎた店内にいる客───もちろんぼく以外は全員妙齢の女性で、カレーを食べている人はひとりもいなかった。みんなお店に入ってくるやいなや、顔見知りの店員さんに「餅抜き」とか「粒多め」とかいかにも常連的な符号で注文。運ばれてきたものを《別腹》に収めていく。

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 そんな「赤乃れん」へぼくが気軽に入れる免罪符的なメニューこそがランチタイムのみ提供されている「ぶたカレー」で、お値段はなんと300円。

 そもそも女性向けのお店だから量もそれなりとおもいきや、見た目はかなりの迫力。具はもちろん豚バラ、あとはジャガイモやにんじんなどカレー界の常連たちが鎮座まし、ゴロゴロと煮こまれている。添えられた緑と赤と二種類の漬物もビジュアルの良いアクセントになっていてなんかうれしい。

 辛さはスーパーマイルド。おそらくカレー汁のようなものを作っておいて、甘味処らしく片栗粉でとろみ付けしてるんじゃないか。まるで餡掛けのようなツルッとした不思議な固さのルーが、柔らかめに炊かれたごはんのうえにたっぷりかかっている。辛味だけでなく塩もちょっと薄いかな……と感じる。付け合わせの漬物を適度に混ぜながら食べると、なんとなく帳尻が合うから不思議だ。

 ランチカレーの提供はお昼時の二時間だけ。ぼくのカレーが今日のラスイチだった。美味しさも二倍に感じる。夏になると、ここの名物であるかき氷(特に宇治金時が有名)が忙しくなるから、ランチカレーは姿を消すそうだ。冬場専門のリリーフ投手なんて、相当にシブい選手である。

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甘党の店 赤乃れん
愛媛県松山市湊町3-8-1
営業時間 : 11:00~18:00(ランチカレーは12:00~14:00)
定休日 : 水曜(祝日の場合は営業)

オリジナル掲載日:2015年3月3日

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水本アキラ
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