THINK TWICE 20210815-0821
8月15日(日) FACE TO FACE
丸亀市の猪熊弦一郎現代美術館で、今年3月から6月にかけて開催された展覧会『まみえる 千変万化な顔たち』の図録が、縁あって手元に届きました。
岸田劉生の自画像、奈良美智の女の子、猪熊弦一郎が描いた妻の顔、横山裕一の訳のわからない顔など、ヒトの顔をモチーフにしたさまざまな作品を楽しめる自分が、自撮りにとんでもない加工をする人や、多額のお金をかけて整形を繰り返す人に対して「どうかしてるよ」と思う。アートの文脈では素直に受け入れていることが……なんで? どこが違う?
───そんなことを考えながら、ページをめくっています。
ちなみにこの図録。展示作品の複写が載っている本誌と、実際の展覧会の実景が掲載された別冊がニコイチになっていて、こういうスタイルの図録はありそうでなかなか無いです。というのも、一種のお土産として図録を会期中に販売できない分、ふつうなら二の足を踏むと思うので。そういう意味ですごく贅沢な1冊……いや、2冊だな、と。
猪熊弦一郎現代美術館のウェブショップで販売中です。
8月16日(月) 名前だけでも覚えて帰ってください
Podcastではまだ紹介したことがないんですが、このところ良質なEPを連発していたJUNGLEというグループがアルバムを出しました。
ただ、曲は悪くないんですが、このグループ名が、ねえ───JUNGLEって。売れる気、無いんかい(笑)。
得体のしれない新人がこの何の工夫も無い名前を引っさげて活動するのは、相当デメリットだと思うんですよ。SEO対策がなってない、というか。曲を聴いて気になった人が、どこの国の人たちで、何人編成なのかといったことを知りたくて、GoogleやYouTubeを検索したとて、肝心の名前がJUNGLEじゃ手がかり無さすぎて、核心に辿り着くまでに、相当な量の草木をかきわけなきゃいけないわけですよ───ジャングルだけに。
KISS、QUEEN、RAINBOW、あるいは、PRINCE、MADONNAといった人たちのようなシンプルすぎる名前で世に出る美学はたしかにある。堂々としていてかっこいいもんね。でもさ、それってやっぱりインターネット以前にしか成し得なかった、いにしえの時代の潔さでしょう。ネットなんてしゃらくさいものが登場する前から、俺たちゃずっと売れてッかんネ、という自負。それが今になっても、彼ら彼女らを検索結果の上位に押し上げ続けてきたわけです。
たとえばBECKが1993年に「ルーザー」でデビューした時、ぼくの脳裏にはこのジャケットが浮かびました。
同業ですでに確固たる地位を築いていた先輩(JEFF BECK)がいるのに、BECKと名乗ってデビューするのは、コーラを名乗って飲料業界に参入するような勇気とかフテブテシサが必要でしょう。
彼の場合、BECKというのは本名ですから、BECK HANSEN(母方の姓)なり、BECK DAVID CAMPBELL(父方の姓)でいこう、という選択肢もあったはず。でも、彼はそれをしなかった。なぜかって言うと、彼がデビューする頃までは出どころがシンプルだったからなんですね。
つまり、今のように、Spotifyだ、Bandcampだ、YouTubeだ、TikTokだ、と多元的に入口が作れるわけもなく、まずはレコード会社や事務所に見つけてもらって、そこと契約して、レコードを出す、DJがそれをラジオやクラブで流す、ミュージックビデオがMTVで流れる、音楽誌で専門のライターが彼らの記事を書く───そういう限られた道筋をとおって世の中に出てきた。だからこそ、BECKはJEFF BECKとは違う、まったく新世代のアーティストなんですよというラベリングがきちんと為されて、市場に出荷されたからこそ、リスナーの勘違いとか誤解は最小限で済むし、その図々しさとか大胆不敵さも、BECKという新人アーティストのキャラになりえたわけです。
もちろんそれは規模の違いこそあれど、メジャーレーベルもインディーレーベルも関係なくて、基本的に同じようなシステムを通ってしか、ぼくたちの耳に届かなかったから成立する話です。
ところで先日、スポーツ新聞系のサイトを観ていたら、こんなグラビアアイドルの紹介記事が目に入りました。
うどん県からやってきたなみ───とんでもない芸名を名乗っている人がいる! と驚いて、ぼくは思わず記事を開いてしまったんですね。決して彼女のきわどすぎる画像に反応したわけではなく。こっちの心づもりとしては〈まんまと向こうの芸名作戦に引っかかってやった〉わけです。
ところがどっこい記事を読んでみると、彼女はもともと宮崎華帆という名前で活動してたけれど、このたび「なみ」というひらがな二文字に改名した、と。うどん県うんぬんというのは、彼女が香川出身で大のうどん好きであることをPRするために、サンスポの記者がつけたキャッチだったんですね。
失礼ながら、まだ世間的には無名の26歳のグラビアアイドルが、最後の大勝負とばかりに改名した結果がなみというのはいかがなもんでしょう。検索結果どころか、こうやって今、ぼくがカギカッコを付けないで名前を打っただけで、文章のなかに埋没してしまうわけだし。
いっそ、うどん県からやってきたなみという芸名で活動したほうがワンチャンありそうな気がするのはぼくだけでしょうか。
JUNGLE。悪くないんで、ぜひ聴いてみてください。
8月17日(火) HOW DARE YOU
夜のお店の酒類提供に制限がかかったり、時短の要請などが今日からわが町でも始まったんですけど(もう何度目かも覚えてない)、今日、街なかで用事を済ませた帰り道に、その手のお店が密集してるエリアを自転車で通り抜けながら様子を観察していると、かつて『酒場放浪記』で吉田類も訪問していた(同じく新井浩文も『美しき酒呑みたち』で行っていた)老舗の居酒屋「小判道場」が取り壊されて、更地に変わっていました。
去年の頭くらいまでは灯りが点いていた記憶があるけど、結局、未訪問でした。店主も90歳を過ぎていたそうなので、昨今の状況とは無関係に閉めたのではないかな。
いつの日か、いつかまた、と思っているうちに───ということは、老舗の居酒屋の話だけじゃなく人間関係にもありますね。長く生きるほど、そういう後悔が澱のように溜まっていきます。
でも、誰かが「このまま君と疎遠になるのはイヤだから」と会いに来てくれたり「声が聞きたくてひさしぶりに電話したよ」なんて連絡も昔からまったく無いのは、単にぼくに人望が無いんだと思います(笑)。
さて、突然の電話といえば、今日、かかりつけの病院から電話がかかってきました。かかりつけと言っても、何年か前から2ヶ月に一度、薬を処方してもらったり、血液検査をしてもらったりしてるだけなのですが、しばらく前に院長が入院&療養していて、そこから代診でまかなってる状況が続いていました。電話で告げられたのは、結局、先生が療養に専念するため、今月いっぱいで閉院すること、もし、別の病院に紹介状が必要なら、次の予約のときに書けるので……という内容。
先生はたぶんぼくと同年代。生活習慣病とか胃腸系の専門医なのに、めちゃくちゃ太ってたところに好感持っていたし、さびれた場所にあるわけじゃないけど、いつもけっこう空いてて、そこも気に入ってたんですけどね。
根掘り葉掘り聞くのは失礼かなと思って、向こうの説明以上のことは知らないんだけど、こういう経験が今までに無かったから、ちょっとびっくりしました。治療と療養をすることで、ちゃんと良くなる病気だといいなあ。
電話でびっくりしたといえば───イギリスのポップバンド、10ccのアルバムタイトル(邦題)が思い浮かぶんですけど、元のタイトルは"How Dare You!"と言います。日本語だと「よくもまあそんなことを」という意味。
グレタ・トゥーンベリさんが国連でのスピーチで、この世界をダメにしている大人たちに向けて言い放ったことで大きな話題になりましたが、ドラマや映画のセリフで出てくるときも、けっこうな怒気を込めて使われるフレーズです。
いっぽう10ccの「How Dare You」はアルバム冒頭に入っていて、こんな強い言葉が冠されてるくせに、まさかのインスト。かっこいいんだけど、怒気のを微塵も感じない曲調。
ちなみにこっちはバーシアさんの同名異曲「How Dare You」。彼女のほうは10ccよりかだいぶ怒ってますね。
8月18日(水) I BELIEVE IN MIRACLES
DJ/ターンテーブリストのカット・ケミストが、マウンテンバイクの事故で半身不随になった仲間(カナダ在住のDJ Mat The Alien)に対する寄付を呼びかけて配信した動画。
回しているのはすべて7インチレコードで、使ってるのはターンテーブル1台のみ。そして、BOSSのRC-50という10年以上前に販売されたエフェクター(中古価格で2万円前後)を足で操作して、レコードの出音をリアルタイムでサンプリングし、音をループさせながらスクラッチを加えていく───という珍しいスタイル。当然、パソコンやCDJを使ってプレイすれば、同じようなことはできるけど、こっちの方がラフだしファンキーです。
前半、ぼくには耳馴染みのないファンクチューンが続くのですが(もちろんかっこいい)、折り返しの21分あたりで突然ブッこまれるジャクソン・シスターズ「アイ・ビリーヴ・イン・ミラクルズ」には思わずハンズアップ。
友だちの奇跡的な回復を願うケミストの想い(=アイ・ビリーヴ・イン・ミラクルズ)が込められた選曲なんでしょうね。
そこからは徐々に大ネタ大会になり、26分過ぎからはJB祭りが始まります。この動画は5月7日に公開されてるんですが、5月3日がちょうどJBの誕生日なのね。29分には「ジェームス・ブラウン、誕生日おめでとう」とケミストのMCが入ります。JBは生きてたら88歳、米寿だったんだね。ベイージュっす、ブラウン。なんちゃって───って、あっ、今日は8月18日だ。おあとがよろしいようで。
8月21日(土) Smile mix
以下、放送の際に持ち込んだ資料を元に紙上DJで再現します。
8月───暑いのはどちらかと言えば苦手ですが、父親と妹の誕生日が2週間おきにあって、それぞれのお祝いを家族でしていたから、一年の中でも特に好きな月でした。ごちそうも食べられるしね。
また、8月はバカンスの季節。恋のはじまり、ひと夏の恋の終わり……などなど、ラブソングのテーマになることが洋楽、邦楽問わず多いわけで、8月にちなんだ音楽もたくさんあるのですが、まずはタイトルに「8月」が入っているこの曲を。
鈴木茂「八月の匂い」
日本ロック史に残る大名盤『BAND WAGON』(1975年)の1曲目。作詞は松本隆さん。ベースがサンタナのバンドにいたダグ・ローチ、ドラムがタワー・オブ・パワーのデヴィッド・ガリバルディ、ピアノがリトル・フィートのビル・ペイン。ヴォーカルとギターはもちろん鈴木茂さん。鈴木さんはレコーディング当時23歳でした。単身アメリカに乗り込んで錚々たるメンバーと渡り合って作ったわけで、想像するとなんだか胸が熱くなります。
2曲目は歌詞に「8月」が入っている、クレイジーケンバンド「ハマ風」。
2007年発表の10枚目のアルバム『ZERO』から。横山剣さんは1981年にクールスのボーカリストとしてデビューして、今年がめでたく40周年。8月29日にZEPP YOKOHAMAでアニヴァーサリーライブが行われることになってたんですけど、残念ながら開催延期になっちゃいました。
ただ、CKBとしては9月8日に初めてのカバーアルバム「好きなんだよ」がリリースされますね。寺尾聰「ルビーの指輪」、シュガー・ベイブ「ダウンタウン」、矢沢永吉「時間よ止まれ」、五木ひろし「よこはまたそがれ」、山口百恵「横須賀ストーリー」などなど、剣さんらしい選曲で楽しみ。
通常盤のジャケットはホルヘ・サンタナ───というか、女性の腰とパンティにこだわった画家、ジョン・カセールへのオマージュですね。
3曲目はアルバム名に「8月」が入っている、ボビー・コールドウェル「Once You Give In」。
このアルバムからシングルカットされた「シェリー」が、当時この番組を放送している南海放送でよくかかってましたが、TOTOの「アフリカ」っぽいアレンジを取り入れていて、実際にTOTOのメンバーが演奏している、こっちの曲のほうが好きでした。
「オーガスト・ムーン」が日本のレコード社の独自企画盤で、本国アメリカでは当時発売されていなかったという事実を、資料収集をしていくなかで初めて知りました。ボビー・コールドウェルが所属していたTKレコードが倒産してしまい、アメリカで出せないのなら日本だけでも出しましょう、ってことだったんでしょうか。まあ、それくらいAORブームがすごかったってことですね。ちなみにボビー・コールドウェルは8月15日が誕生日で、今年70歳。意外と若くてびっくりしました。
4曲目は英語で曲名に「8月」と入ってる曲の中から、No Vacationというアメリカのバンドで「August」。
サンフランシスコで結成し、現在はニューヨークのブルックリンで活動しているバンド。ファーストミニアルバム「Amo XO」(2015年)からの曲でした。夏に起きたある出来事のせいで苦しんでる女の子が、お母さんに電話でそれを打ち明けてて、まだ純真な子供でいられた時代を振り返っている、みたいな内容の切ない歌です。これまた夏の終わりという季節に相応しい楽曲かな、と思います。
5曲目は、8月とはどこにも書いてないけれど……8月に聞きたい1曲ということでこれを。
David T. Walker「Hot Fun In The Summertime」
もともとはスライ&ザ・ファミリー・ストーンの1969年の大ヒットシングル。
レコードの買付をロサンゼルスでしてる時、移動の合間にカーステでラジオを聴いてると、大げさでなく一日に10回はこの曲がかかってました。
デイヴィッド・T・ウォーカーはモータウンレコードの数々のヒットシングル……マーヴィン・ゲ、ジャクソン5、スティーヴィー・ワンダーらのレコーディングを支えた名セッションギタリストですが、彼が1971年に出したリーダーアルバム『デイヴィッド・T・ウォーカー』に収録されているカヴァー・ヴァージョンでお聞きいいただきました。