【短編小説】日の出と共にー高校時代に書いた小説
日の出と共に
一万年前……それを時のくぎりとして悪魔と呼ばれる男が深い眠りから目をさます。
その男が眠っていたこの地には再び生物が芽生え、人類という進化した生物が現れていた。
春……この季節に男はその持った力で、自分をとりまいている闇を破った。
真っ昼間だ。しかし、雨が降っていてやや暗い。おまけにここは山の林の中でさらに暗かった。そんな中、雨やどりをしようと大木の下にかけ込んだ若者の姿があった。
「いやー、まいったな、ベチョベチョだぜ。」若者の名はディーン、空色の髪で、マントに身を包み、中には旅人と思われる身なりをしていた。
ディーンはしばらく雨が放射線状に降る空を見ていた。やむのを待っているように。
しばらくしてディーンは正面に向き直った。そこには栗色の髪の女がナイフを突きつけて立っていた。どうやら一人らしい。
「あんた山賊かい?それにしてはさびしいけど。」
警戒しながらディーンが尋ねた。
「荷を渡しな!」
表情一つ変えずに言ったこの言葉が返答だった。ディーンはなんのためらいもなく女の前に自分の荷物を投げた。ドン!という音がしたかと思うと、女はそれを持って走り森の中に消えた。意外な俊敏さにディーンは驚いた。しかしディーンもかなり俊敏な青年だった。女が目の前に来る前にしっかり食物だけは荷の中から取り出していたのだ。
雨がやむまでその食物を口にしようと思ったとき、女の消えた方から大きな音がする。
「なんだ?」と思いディーンはすこし小降りになってきた中、その場所に向かって走った。
「!!」そこはあんがい近かった。さっきの女が魔物にこちらに向かって追いかけられていた。その魔物が地響きを立てて走っていたのだ。
「!……」しまったと言わんばかりにディーンに気づいた女の足が止まった。そして巨体の影に塗りつぶされる。
スバッ!ザシュッ!ジュバッ!ズボッ!
巨体は手と首が切れたうえ、胸に剣がささっていた。そして巨体は大の字で後ろに倒れた。
ドスーン!
さっきまでの雨で土煙はあまりたっていない。
ディーンが女と魔物の間に立っていた。女が襲われそうになった一瞬の間にディーンは巨体を切りきざんでいたのだ。女は後ろをふり返っていたものの、目をつぶっていてそんなことは見ていなかった。
「大丈夫か?山賊さん。」
女はすこし驚いた様な表情をしたがすぐに初めて会った時と同じすこし恐い顔をした。
「なぜ俺を助けた?」女が言った。
「危なかったからだろ?やっぱり。」
「俺はお前の物を!……」
女は言いかけて、視線をディーンの後ろに向けていた。ディーンに巨大な影がかかる。
ゴォォォオオン!
執念とも思われる大きな音を立てて、魔物は首の無いまま、起き上がっていた。そして、すぐさま手のない腕をたたきつけてきた。
ズウウウン!
ディーンは女をかかえ、その場を離れていた。魔物の体から多量の緑色の血が噴水のように吹き出ていた。そしてかがんだ様な形のままその巨体は動かなくなった。
「コケのはえた石像って感じだな。」
「はなせっ!はなせよっ!」
女がディーンの腕の中で暴れている。なぜかその顔はすこし赤味おびていた。
「ほいっ!」
ディーンは女を支えていた腕をサッと左右に広げるように離した。尻餅をつくかと思われた女は軽い身のこなしで着地した。
「荷は……返してやるよ…。」
下を向いたまま女はそう言ってすぐ、そのまま後ろに一度飛んで走り去った。
「やぁ、ソニア!」
ボーっと森の中を自分の小屋に向かって歩いていた女に三人の娘達が話しかけてきた。
「あんたたち、どうしたんだい?」
ソニアと呼ばれた女、もとい、ソニアはすこし驚いた表情で視線を三方向に動かしながら聞いた。
「それはこっちのセリフ。どうしたのさ、いつもなら小屋までつっぱしってメイに会いに行くのにさ。」
三人組の一人、ヘステが聞き返してきた。
「なにかあったのかい?」
とすこし大人びたもう一人、メシア。
「妹思いのお姉さんが恋の病ですの?」
とすっとぼけているのか鋭いのかわからない娘ナナも聞いてきた。
「なんでもないよ。それよりあんたらどこいくのさ」
一度うつむきかけた後、ソニアが聞いた。
その問いにメシアが答えた。
「なぁに、ちょいと山のふもとの豪邸におじゃましようと思ってね。」
まるでこれから遊園地にでも行くようなはずんだ口調で言った言葉の内には、盗賊としての強い意志が感じられた。そしてナナが「メイちゃんによろしくですの。」と言ったかと思うと、素早く3人は姿を消した。
ソニアはふと我にかえったように妹のメイの待つ自分の小屋へ向かって走り出した。
3人の娘達がソニアの前の顔と正反対の表情で木陰でわずかに暗い森の中を走っていた。その影はまるで飛んでいるようだった。
「あれ?何だ?」
後ろでしばった髪をなびかせたまま、ヘステが右前方に疑問を示した。そこには、彼女達と同じような早さで走る影があった。
「動物じゃないな……人…」
長髪のメシアがそう言いかけたとき、後ろからドテッ!という低い音がした。
後ろからついてきていたナナが転んだのだ。目を潤ませ、鼻を手で覆い座っていた。
ヘステがゲッ!という嫌な顔をした。
メシアは表情を変えずナナの近くに来た。
「ナナ、泣くんじゃない…」
子供をあやすような口調で言いかけた願いもむなしく、ナナは予想どおり声を出して泣いてしまった。
しばらくヘステとメシアがナナのそばで足止めをくらっていた。
「どうしましたか?」
ナナを見守る二人のあきれた顔が急に真剣な顔に戻った。ナナはまだうつむいて泣いている。声の主は男だった。ナナの大声に飛んで来たという。ディーンと名乗る若者だった。
「なんでもないよ、消えな!」
疑ぐる目でメシアが答えた。
ディーンは「そうですか」と笑顔のまま彼女達に背を向けた。
「ま、待って下さいまし。」
いつのまにか立ち上がっていたナナが走り出そうとする彼の動きを止めた。
「あっ、もう大丈夫かい?」
彼女に振り返ってディーンが言った。
「あの………」
長い沈黙が続く間ヘステとメシアはまったく呼吸をしていない。
「………いいお天気ですね。」
ナナが悩んだ末、ディーンに聞いたとたん、ヘステとメシアが息を吐き出す。
「まだ雨上がりで曇って……」
ディーンが最もらしい答えを言いかけた時、ディーンの目の前まで来ているナナの後ろの二人が武器を構えてにらみつけてきた。
それから、ナナがしばらく一方的に話しかけてくる。ディーンはそれに二つ返事で答えざるを得なかった。
「あっ!急用を思い出したっ!残念だけど、これで失礼するよ。じゃ、じゃあ!」
急いで走り去ろうとするディーンをむろん、ナナはひき止めようとしたが、ヘステが、「彼には大切な役目があって…」と嘘八百を並べつくし、ナナを説得させた。そうして、三人娘は山もふもとへ向かうことができた。
ソニアが息をきらしながら、笑顔を見せた。妹のメイが家事をしている光景がうかんだ。ソニアは家事のほとんどが苦手で、すべてメイにまかせっきりなのだ。反対にメイはとても家庭的で、明るい面も持っているが、”静か”に分類されるような娘であった。
そう考えてるうちに小屋が見えた。
「!!………」
一瞬、息をのんだ。時間の流れがとても遅く感じられ、ソニアは弱くさけんだ。
「メイ……」
ソニアの目の中にはさほど大きくない魔物がメイをかかえたまま、消える光景がやきついていた。
ソニアはしばらくその場に立ちつくしたが、すぐにメイが魔物にかかえられたまま消えた場所までかけつけた。
しかし、いつもとかわらぬ景色の中にメイを感じることはできなかった…。
次の日の朝ソニアは昨夜ととのえておいた荷物をもって、山を下り、町へ行こうと小屋を後にした。町へ行けばあの魔物たちのことや、さらわれた妹を見たという人がいるかもしれない…。とソニアはわずかな希をつないでいた。
(そういえば、ヘステ達も言ってるって言ってたっけ…。)
ふと、ソニアは三人娘の事を思い出した。それによって、メイの安否を気づかう苦しみがすこし晴れるような気がした。
「ワッ!!」
「!!……」
心臓が飛び出たかと思うほどソニアは目を大きく開いて驚いた。すこし過って後ろを振り向くと、見憶えのある顔が笑っていた。
昨日の獲物だったはずのディーンだ。
「な、なんの用だいっ!」
「いやぁ、奇遇だなぁ、こんな所でまた会うなんて。元気かい?山賊さん。」
ソニアは思わぬ所で思わぬ人物に会い、思わぬ顔で強く出たが、軽くあしらわれた。
「俺は山賊じゃなければ、山賊っていう名前でもない!ソニアって名前がちゃんとあるんだ!」
ソニアは思わず名のってしまった。
「ごめんソニア、ところで町にはどういったらいいのかな?ちょ~っと迷っちまって。」
ソニアのあせりをよそにディーンが聞いてきた。ソニアは無視してディーンに背を向けたが、以前に貸しを作っているので、その向きにすこし歩き出して「こっちだよ」ちディーンをさそった。
「ど、どういうことだい?」
昨夜はナナのおかげで遅れをとってしまって野宿をするはめになってしまい、今朝早くやっと三人娘はふもとの町についた。そしてその静けさに不安を憶えながらも家々をあたってみたが、人の姿がまったく見当たらないのだ。のら犬一匹見つからない。空き家が立ち並ぶその町並みに三人の娘達の姿しかなかった。とりあえず、本来の目的である豪邸に向かうことにした。
すこし上り坂のその道を登った所にそれはあった。
「まるで城だな」
これから侵入しようと改めて見る外見にヘステがもらした。
「皆さんお城に遊びに行ってらっしゃるんですわ。きっとおいしいごちそうがいっぱいあるに違いありませんの。」
何のために行くのかわかっているのか、ナナが楽観的に疑問を丸く収めていた。
ここは、大商人「リュノール」の邸。
このへんの盗賊にとって、ここはかなりの鬼門だ。ヘステ、メシア、ナナの三人娘は2週間ほど前にリュノール得意の気まぐれで開かれた夜間パーティに出席したとき、闇にまぎれて城の中を調べれるだけ調べておいた。
しかし、かなり複雑な内部構造で、鬼門とされているだけに不安を感じている。
「いくよ。」
メシアの合図で三人は木を登って門をこえた。三人は着地時の音を殺して周りを確認した。とても静かだ。考えてみれば、まだ夜が明けきっていないのであたり前だが、門番すらいないことに逆に警戒心が強まった。
「祭りの後の静けさかい?」
ヘステがナナの言葉を前提として思い出したように呟いた。
「誰もいませんの。」
見たまんまのことを言うナナを引っぱるようにしてメシアとヘステが走り出した。
三人は難無く広い庭を通って中に入った。
「うっ!………」
台所から庭へ出る裏口の扉を開けたとたん、中には煙のようなものがたちこめていた。
「あら、これ臭いませんの。」
そう言ってナナはつっ立っていた。ヘステは煙だと思い、出元を探していた。メシアはこの煙に疑問を持っているような目で黙っていた。すると、煙の中から、何者かが現れた。
「!!……こんな所にまでっ!!」
その一匹の魔物が三人の疑問を解いた。
「ところで、あんた名前は?」
歩きながらの長い沈黙をソニアが破った。
「ディーン。」
上がってきた日の出をまぶしそうに目を細めて見ながらディーンが名乗った。
「町に何の用なんだい?」ソニアが尋ねた。
「最近ここらで魔物が出るって聞いたもんでね。」
「あんた何であんなのを!……」
「どうしたんだ?そんなに驚いて、」
ディーンが意外そうな顔をした。
「奴等に何かされたのか?」
魔物を奴等と呼んだことにディーンがただの旅の者とは思えないと、ソニアは尋ねた。
「何者だい?あんた。」
「名前を呼んでほしいな、ソニア。」
「気安く呼ぶなっ!」
「うしっ!走るゼ、いくゾ、ソニア!」
「気安く呼ぶなって言ってるだろっ!」
ソニアは笑顔で楽しそうなディーンを追うように走りだした。
ディーンは楽しそうに走り出したはずなのに、ソニアには見えない正面の顔は何か意味ありげは真剣な表情をしていた。
しばらくして木々の間に町が見えて来た。
ディーンとソニアの二人は走るのをやめて、歩きながら、町を斜上の角度から見下ろしていた。
「!?……だ、誰もいない……。」
上から見下ろすようなソニアの視線は町の中央広場にある巨大な井戸にそそがれていた。
「お!な、なんだあの巨大な穴はっ!?」
ディーンが立ち止まって驚いた。
「井戸だよ。」
軽くふつうの家、6軒分はある。
「あ、あれが井戸!?」
「あの井戸には硬貨を投げ入れる習慣があるんだ。そして朝水をくみ上げた時中に硬貨が入っていればいい一日がおくれるという占い的なものだけど。」
そしてもう一つ、その井戸は清らかな場所とされており、いつも町の人々や旅人が集まっているはずなのだ。それに今はまだ朝、水をくみにくる女や、母にたのまれおけをかかえた子供の姿が見られるはずなのに…とソニアは無意識のうちにボーッとしていた。
「ディーン、先を急ぐよ、町の様子がおかしい。」
そう言って走り出したソニアをディーンがすぐに追った。
二人は太陽が真上あたりに来た頃にやっと町にたどりついた。
ここ、レオの町には、はるか昔、魔物が世界をおびやかした時代に魔物を生みだす真の悪魔、「ドルク」の住む所とされていた。しかし、旅人で、「レオ」という若者がその根元を封印し、眠りにつかせたという伝説がある。ソニアは町が空虚と化しているのを見て悟った。ドルクが復活したのだと、そしてメイと共にヘステ達三人の安否が気づかわれた。
「なぁ、ソニア今日なんか特別な日なのか?」
「どうして?」
「だってさ、誰もいない。」
「ディーン!あんたなぁ、町に誰もいないってのがどうしてそうなるんだよ!まったくめでたいヤツだな。きっと何か起きたんだ!」
町の様子を見たディーンの反応にあきれてソニアが怒鳴った。
するとソニアはディーンにそっぽを向けて、「俺こっち見てくる」と小声でいうと、走って、建物の間に消えた。
「あっ!そうだ。」
ディーンはさっき上から見た巨大な井戸のことを思い出して、走り出した。
中央広場につき、ディーンはその広さに驚いた。そして巨大な穴が口を開けている。
「あれ?人がいるぞ?」
こちら側の右の方で黒い衣を身にまとった中年ぐらいの男が、井戸の闇を見ている。
「あのぉ…すみませんが、この町の人達はどこへ行かれたのでしょうか?」
ディーンがそう話しかけるとこちらを振り向いた男は突然目を見開いて、
「レオ…!!」
とディーンに向かって言ってきた。
レオ…それはディーンの父の名だった。
男はしばらくディーンをじっと見つめていた。すると、男の口に無気味な笑いがうかんだ。
「そうか、お前がディーンだな。」
なぜ俺や父の名を知っているんだとディーンが手を伸ばそうとしたとき、男は衣をなびかせ一回転したかと思うと姿を消した。そして、姿が完全に消える瞬間、ディーンの心に直接
「今夜、リュノールの邸で……」
と言い残していった。
ディーンはそのままの体勢で口をすこし開けたまま立っていた。
「…ーン!ディーン!ディーン!!」
聞き憶えのあるその声の主はソニアだった。
しばらく時間が過ぎているらしい。ソニアの存在にまったく気づかなかった。いつの間にか、日が落ちて、夕方になっていた。ソニアに心配した顔が目の前にあり、何度も呼ばれていたように思われる。ディーンは黒い男の正体を理解したのだった。ディーンは目の前にいるソニアを抱きしめた。これから起こることへの不安を消し去ろうとするように。
夕日がさしこむ大きな窓の方で少女がたたずんでいる。少女の目には光が宿っていない。窓の前でずっと外を見ている。
「メイ!……」
木の陰で身を隠していたメシアが上の窓を見て叫んだ。
「あら、メイちゃんですわ。」とナナ。
「なんでこんな所に!」
ヘステがそう言って身を乗り出した時、魔物がこっちを向いた。
「し、しまった!」
すぐに三人娘はその場から姿を消した。魔物達が木の辺りまで走って来てキョロキョロしている。ヘステ、メシア、ナナの三人は台所での戦闘の際、敵をしとめたが多くの援軍に追われるハメになっていまったのだ。城の中はさまざまな類の魔物がいっぱいでとても一匹一匹相手にしていられない。それもかなり強く、台所に来た黒い煙を出し、姿をくらます一匹を倒すのも大変だったのだ。しかし、スピードのあるヤツは少なく、三人娘達の俊敏さについてはこれなかった。
ちょうど三人が姿を消した時、窓の前にいた少女、もといソニアの妹のメイが後に振り返った。そして目の前には黒い衣を着た男がいた。
「ドルク……どうして?どうしてこんなに大勢の人達を使うの?」
そのメイの言葉の内に哀れみはない。他人のことで忙しくしているドルクへの嫉妬だった。
「ディーン……レオの息子が現れた。」
メイの問いに答えず、ドルクが言った。
「レオ……?」
「そうだ。ヤツに俺が封じられるという時、俺はレオに聞いた。”一万年、一万年後に俺は再びよみがえるぞ。”と。するとレオが答えたのだ。”その時には息子のディーンがきさまを封じに来る”と。そして一万年は過ぎた。ヤツの言うとおりにディーンがやって来たのだ。私を封じるためにな。」
「フフ……それでは私がそのディーンなる者をしとめましょうか?」
「ヤツは強いぞ。」
自信あり気に言ったメイのセリフを承知したようにドルクは微笑して答えた。
月の光がさしこむ宿の中、二人、ディーンとソニアがいた。ソニアは寝言で何度も「メイ」という名を言っている。ディーンはさっしがついた。ソニアがここに来た理由に。ディーンは腕を頭の後ろにくんで目がさえていた。そして、ソニアが完全に寝入っているのを確認して、ムクッと起き上がった。
ガチャ……バタン……。
なるべく音を立てないようにディーンは横目でソニアのシーツのかかった後ろ姿を一瞥して部屋を出た。
外は星空でとても神秘的な夜だった。
ディーンはリュノールの邸と呼ばれる場所を知らなかったが、かなりハデ好きな家主なのだろう、そこらじゅうに”リュノールの邸はこちら”という看板がみられた。
ディーンはそのとおりに足を運ばせた。
「今夜、リュノールの邸で…」
昼に聞いたセリフがディーンの頭から離れなかった。
「んん………!!…」
寝返りをうってディーンのふとんが空なのに気づいたソニアがガバッと起き上がった。
そして、ふとんのぬくもりを調べ、いなくなってからどのくらいたっているのか確かめた。
「まだ少し温かい……。」
ソニアはすぐに着替えて外に出た。
「こんな空虚の町で行く所ったら一つしかない……わよ。」
ここまで連れてきてやったのに置いてきぼりかよ…ソニアはディーンの行動に腹が立った。そしてたとえあそこでディーンに会えたとしても、俺はメイを助けに来たんだから関係ない顔をしようと心に決めていた。
しばらく走ってリュノールの邸についた。
裏口を見つけ出し侵入して三階まで登ったところでソニアが呟いた。
「こ、こんなに魔物が……!!」
とその時、ソニアの肩にポンと手が乗った。
「!!……」
ソニアは前方に後ろに振り向きながら飛んですかさずナイフを構えた。
「ソニア、俺達だよ。」
小声でヘステが現れた。その両サイドにはメシアとナナがいた。
「どうしましたの?こんなところで。」
ナナが怪訝そうな顔で聞いて来た。
「あんたたち、無事だったんだね。」
ソニアがすこし潤んだ目で言った。
「それよりソニア、まさかあんたこんなところまで手を出すんじゃ……。」
「メイがさらわれたんだ。」
うつむきかげんにソニアが言った。
そして今までのことをメシアに話した。またメイらしき人物を見たという事を三人娘から聞いた。
「それと…ディーンがいないんだ。」
ヘステが聞いたような名前に考え込んだ。
「ディーンさんってもしかして、青い髪のカッコイイ人ですの!?」
「え?……あれっ?ディーンを知ってるのか?ナナ。」
名前を出したものの、三人娘に話してわかるわけないと心の中で思っていたことがまったく予想外だった。
「ええ、この間、森でお会いしましたの。」
まるで場違いな笑顔でナナが答えた。
「ソニア、手伝うよ。メイを助けるんだろ?」
「それじゃ、たのむよ!」
メシアの言葉に甘えて三人娘とソニアは別れた。
「どうしてソニアさんあっちへ言ってしまうんですの?」
ナナの疑問にメシアとヘステは無言で走り、納得させた。
ソニアは一度見えなくなった三人娘の方を振り返り、「メイはここにいたのか。」と三人に期待したと共に不安がさらに重った。
ディーンが城内を走っている。ほとんどの魔物はその速さにはついてはこれない。
しかしディーンが黒い衣の男、「ドルク」を捜して、いかにも外見から豪華な部屋がありそうな所に見当をつけて扉の前まで来た時、この速さの中、後ろから呼び止められた。
「あなたがディーンね。」
「だれだ?名を聞かせてもらおうか。」
振り返らずにディーンが聞いた。
「私はメイ……ドルクの娘…。」
「メイ!?……ドルクの娘だと?」
ディーンは驚きながら、後ろにバッと振り向いた。
ソニアの寝言で言っていた”メイ”とはこの女のことだろうか?そんな疑問を抱きながら、ディーンの視線は女と合っていた。
「いい目をしてる……でも、ドルクをおびやかす者を生かしちゃおけないのよ。」
そう笑ってメイが飛んで来た。ジャンプではない。宙にういて明らかに飛行している。
「魔術か!」
ディーンはメイに剣を向けることをためらい横によけた。
しかし、メイは一度地に足をつけ、また飛んでディーンにナイフを右手に持ってせまって来た。そしてディーンが着地の時、追いつかれてしまった。
カキンッ!!
剣とナイフのからむ音がする。おいつかれた際、ディーンが振り下してきたメイのナイフを自分の剣でうけとめたのだ。
ディーンがメイのナイフに目をみはった。そして確信した、この女はソニアの言っていた娘だと。ソニアと同じナイフを持ったこの娘を倒してはいけないと。
「おまえは本当にドルクの娘なのか?」
光の宿っていない目にディーンが疑いを持つ。
「メ……メイ!!」
その時後ろから女の声がした。
「!……」
するとメイの力がゆるみ、一瞬スキだらけになった。声の主はソニアだった。
「メイ……何をしているの?」
悲しいような驚いたような顔でソニアが尋ねた。メイがソニアの方を向く。
「お、お姉……!!う、うわぁっ!!!」
メイの目に光が戻ったように見えたかと思うと、突然その場に倒れ、狂ったように頭をかかえ出した。
「メイ!メイ!」
ソニアがかけ寄ってきて、メイを苦しみから救おうと叫び続けた。
「ドルク!……」
ディーンは拳をにぎりしめ、メイとソニアを見ながら、憎しみを憶えた。
そしてそのまま扉を乱暴に開け、すさまじい速さで見当をつけた部屋をめざした。
「おっかしいな、誰もいない。」
ヘステ達は西の塔のメイを見た部屋でメイを捜したが、見当たらずにあせった。
「あれ?ディーンさん?」
窓の外の建物のいくつもの窓をコマ送りのように走るディーンの姿をナナが見つけた。
「尋常じゃないね。」
メシアが走るディーンの顔を見て言う。
「ここにいても仕方がない、行こう。」
ヘステが切り出した。
そして三人娘は何事かが起きたに違いないと、部屋を後にした。
やっとの事でディーンは大きな扉を前にして立ち止まった。
ギギ……
扉を開け、部屋を見渡すと真ん中におかれた巨大なパイプオルガンの前に一人の男がいた。こちら側を向いて腕と足をくんで座っている。
「ようこそ、エイリアン”ディーン”君」
不気味な笑みをうかべてその男、ドルクが言った。
黒い衣は着ておらず、その身に黄金の鎧をつけていた。
ガチャ…ガチャ…
重そうな音をたててドルクが歩み寄ってくる。ディーンも入り口から正面に歩き出した。
二人が部屋の中央に向かって歩く。
50cmほどの間隔をあけて二人の足が止まる。
「若いな、ディーン……。」
ドルクが下目使いで笑った。
「あぁ、俺も生まれてすぐ封印されていたらしくてな。一万年眠っていたのさ。」
得意気な顔でディーンが答えた。
「真魔”ドルク”……再び眠りについてもらうゼ!…」
ディーンが低く構えた。
「ディーン、おまえに父、”レオ”と同じ質問をする……おれは一万年後再び蘇るが、その時はどうするんだ?」
ドルクが動かずに言った。
「それはないな。俺は封じるなどとケチなことはしない。」
「フフ……そうかならばお相手しよう…。」
バウッ!
その瞬間、二つの光が爆発的に発した。
「ね、姉さん……!!……」
ジュワッ!ドウンッ!!
苦しむメイの体を突然妙な煙がつつみ込んだ。するとその煙が消え、現れたのはメイの姿ではなく、息の荒い巨大な魔物だった。
「ど、どういうこと?」
側にいたソニアがうろたえながら、魔物を見上げる。そしてその右手に持つナイフに目を止める。
「メ、メイなの!?」
ガオオオオオッ!!
ソニアの声はそのメイらしき魔物の地響きの立つような声にかき消された。
魔物はナイフを落とし、腕を振り上げた。
「ソニア!!」
どこからか声がしたと思うと魔物の腕が振り下され、辺りの敷石がふっとんだ。
ガラガラガラ………
魔物の正面にヘステとナナの二人。そして、左にはソニアにおおいかぶさるようにメシアがいる。ソニアがメシアの下で仰向けに倒れたまま気を失っている
「やわなお嬢様だね。」
ソニアの足下でメシアが立ち上った。
「ヘステ、ナナ、いくよっ!!」
そのメシアのかけ声で三人娘はフォーメーションを組み魔物に攻撃を仕掛けた!!
「ガオオオオンッ!」
ベキッ!
「キャッ!」「くっ!」
メシアがフェイントをかけ、時間差攻撃をしたナナとヘステが魔物のオーラのような物にふき飛ばされた。メシアが目を細めて言う。
「こいつ、他の魔物(ヤツ)とは違う!」
ピピ…ピッ…ピヨピヨ…ピピッ!
「アハハハ!」
快晴の空の下、小鳥達が花畑の中の一人の少女の所に集まっている。
少女はまるで小鳥たちと話しているように明るい笑顔で花に囲まれて座っている。
「んん……」
ソニアがそこから少し離れたところで倒れていた。そして、半眼で少女の姿を見つけた。
「メ……メイ?」
少女に向かってソニアが言った。
少女は気づく様子もなく、小鳥達と遊んでいるが、確かにメイだった。
「メイ!」
「あっ、姉さん!おかえりなさい!」
大声でソニアが呼ぶとメイが答えた。すこし安心してソニアがメイの所に走って向かった。
「あっ!」
ソニアがこちらに向いているメイの背後の黒い影に気づき、声を上げた瞬間、メイの体が宙に浮いた。
ソニアが全力で走ってメイの方に手を伸ばす。
「姉さん!姉さん!」
メイも手に持っていたいくつもの花を落として、走ってくるソニアの方へ手を伸ばした。ソニアの手がメイの手にとどいた。
「メイ!」
ソニアがそう喚声を上げた時、ソニアのつかんだメイの腕がぬけた。
メイの体が地面に落ちて、バラバラになった。
「!?……」
ソニアの目から生気が抜け、バラバラになったメイの体を前にしてその場に座り込んだ。
「このヤロォ!」
右の方から剣を振り上げ飛びかかるディーンの姿があった。黒い影にまっすぐ当たるはずのその剣がとどかぬうちにディーンは黒いヤリでいぬかれていた。
「!!……」
ソニアがカッと目を見開いた。そして、目の前で魔物がメシア、ヘステ、ナナを相手にあばれていた。三人ともかなり痛手をおっている。魔物には右腕が無い。切り落とされていた。
「これで終わりだ!!」
メシアがスキを見計らって魔物の胸を長剣でつき刺した。
魔物は動きが止まり、その場に地響きをたてて倒れた。
ソニアはその光景をぼう然と見ていた。
「メ、メイ……。」
そして、小声でそう言ったかと思うと、三人に囲まれたその魔物の上にもたれかかり、泣き出した。
「ソニア、気でも狂ったのかい?そいつはあんたを倒そうとしていた魔物だ!」
ヘステがソニアの行動に不満を持った。これでは自分達が必死でやったことがまるで悪いことの様だと。
するとメシアが気がついた様に言った。
「ま、まさかメイ!…かい?」
そのセリフに三人は顔が青ざめた。
(ディーン!…ディーン!!!)
ソニアの脳裏にディーンの名前が浮かび、突然ソニアは乱暴に開けられた扉の中に走り込んで行った。
「ソニアさん!どこへ行くんですの⁈」
いつになく真剣な顔でナナが呼び止めようとしたが返答はなかった。
「私達も行くよ!」
メシアが指示を出し、三人娘は正気とは思えないソニアの後を追った。
ソニアは扉が開けっぱなしのままの大広間の前で足を止めた。すぐに三人娘が追いつき、パイプオルガンのある部屋で二人の男が闘う姿に目を止める。
「ディーンさんですの!」
ナナが大声を出し驚く。
ヘステは二人に気づかれたかと思ったが、まったくその様子はなかった。
ソニアが突然、歩き出した。
メシアがその行動に最善の注意をはらう。
「ディーン!」
ソニアが突然走り出した!
ヘステとナナはそれを目で追った。
「!?……ソニア!」
ディーンがドルクと組み合っている際中、後ろに気をとられた。スキができる!
「終わりだ!」
ドルクの低く通る声が大広間に響いた。
ディーンは無事だった。ソニアが驚いてディーンの近くで足を止める。
ドサ………
メシアの体がディーンの前で倒れた。
そして、力をふしりぼってメシアは言った。
「メ、メイをころ…して…ごめ…んね…。」
そう言ってメシアは息をひきとった。
メシアはドルクの闇の光をおびた拳をうけたのだ。メイのつぐないとして…。
「ディーン、おまえに合った墓場を用意してやろう。ここじゃ何かと不都合だろ?」
ドルクが倒れているメシアを下目使いで見ながら言ったとき、ディーンとドルクの姿が黒い闇につつまれ、その闇と共に消えた。
快晴の朝、秋の果実を取っているソニアの姿があった。あと二人、ヘステとナナも手伝っているようだ。あの悲劇の日から幾日も経っている。あの、メイとメシアの死んだ日から幾日も経っている。
「わぁ、これ大きいですの!」
「あっ、それもらい!」
ナナの手から果物を取り上げ、ヘステが口にした。ナナが怒ってヘステを怒鳴る。
町の人々は魔物にされていた時の記憶がなく、いつものように聖なる井戸に集まっている。そしてリュノールは自分の邸の荒れ様にたいへん悲しむ。
そんなあの日のことも忘れかけた中、一つ、はっきりしないことに時々ソニアがうつむいた表情をする。
ガサガサ!
突然、ソニアがいる木の木の葉があわただしくゆれだした。そして、ピカッ!と光ったかと思うと突然ドサッ!と誰かが木の上から落っこちてきた。
「いてて、……着地失敗…。」
尻に手を当てた若者が目の前にいる女性に気づき、うれしそうに笑った。
「元気だったか?ソニア!」
「……気安く呼ぶなって言ってるでしょ!」
ソニアの目から涙がこぼれていたが、それをこらえようとはしなかった。
向こうの方ではヘステがナナに追いかけられている。
ディーンは座り込んだまま、ソニアを見ている。ソニアもまた涙目の笑顔でディーンを見つめていた。暖かい日の光が二人を包み込んだ。