【短編小説】まま母のお弁当箱
高校からお弁当が必要になった
張り切った母が作ったキャラ弁が恥ずかしく、僕の高校デビューは最低の気持ちになった…
父が連れてきたあの人から僕へのアピール、愛情の押し付けとしか思えなかった
父を通してクレームを入れ、翌日からそれはすぐに無くなった
高校生活も3ヶ月くらい経った夏の日、
いつも一緒に食べている友人がボソっと「それ、何か書いてない?」と僕の食べ終わった弁当を箸で指しながら言う
弁当の底には海苔が残っていたのだが、いくつかの米粒を丁寧に取り除くと少し歪だ文字のようなものが見えた
”も” だった
「たまたまだろ?」と僕は言った
それから何週間かしてまた友人が言った
「ほら、弁当の底…」
するとまた弁当の底から文字が浮かび上がっていた
また、 ”も” だった
「”も”ってなんだよー」と二人で笑う
しかし、海苔が二度も同じように”も”の形で弁当の底へ残るなどあるだろうか
そもそも海苔は弁当のどこにあったのか?
ご飯の上に刻み海苔がかかっていたのは間違いないのだが…
「もしかして、あの人の呪いとか…?」
僕は少し怖くなった
母が朝弁当を作るときに少し覗こうとも考えたのだが、あの人と朝から会話などしたくない
それに朝の貴重な時間を犠牲にするほどの興味もなかった
その日は食べる前に弁当を観察することにした
大きめの弁当箱は上下に分割されており、上1/3におかず、下2/3にご飯という具合だ
この日のおかずは、卵焼きにブロッコリー、ポテトサラダがあって、メインは唐揚げだった
そして、下のご飯の中央には梅干しがあり、上から刻み海苔が振りかけられている
やはりだ…僕はそっとご飯をずらすと隙間から下にも海苔があることに気がつく
食べ終わった弁当に文字が残る可能性を考えれば、初めからご飯の下、弁当の底に敷いていると考えるのが自然だろう
これまでは箸で乱暴にご飯とかき混ぜてしまうために気が付かなかったのだ
「何してんの?」
友人が自分の弁当を持って隣の席に座り僕に話しかけてきた
僕は弁当の蓋へ丁寧にご飯を移し替えているところだった
案の定、ご飯の底にあった海苔は1つの文字になっていた
それから僕は毎日、蓋へご飯を移設しながら弁当の底を調べ続けた
時々箸で削ってしまい失敗するものの、
月曜日から金曜日の5日間で、特定の5つの文字が毎週ランダムに敷かれていることがわかった
も
か
の
た
ら
なんだこれ…と僕は拍子抜けした
同時に意味がわからないことで「キモい」とも思った
結果、何の意味もないと思うことにした
友人は既に興味を失っていた
次の日の朝、始業のホームルームの際、担任と一緒に女性の教育実習生が来ていた
実習生が黒板に”堀田衛子”と書き自分の名前まで発言したところで、隣にいた担任が他の先生に呼び出され、少し席を外した
彼女はその場を任せられるが、想定外だった様子でフリーズしている
大人なのにおどおどとした彼女を見ながら、僕はふとあの文字についての意味を理解した
そして思った
この文字を毎日僕のお弁当に敷くあの人の気持ちとはどんなものだろう…と
少なからず僕は自分のことばかり考えていたように思う
子どもだった…と
ふと教室内がシーン…と静まっていることに気がつく
緊張気味の実習生が何を言っていいかわからずにまだ固まっていたのだ
次第にザワつき始める生徒たち
彼女は持っていたハンカチで汗を拭い「えーっと…うーん…」などと口に出すのが精一杯という様子だ
そんな様子を見ながら、いつの間にか僕の手が挙がっていた
気がついた生徒達や実習生の視線が一気に僕に集中する
とても恥ずかしかった
何を言うかすら決めていなかった僕は、体中から一気に汗が吹き出した
「せ、先生、す、好きなお弁当の具は何ですか?」
裏返った声で出てきた言葉がこれだ、もう救いようがない
「何だよそれ!」
「腹減ってんのか」
「下手なナンパだなぁ!」
とクラスメイトたちが笑う
彼女は質問に答えてくれた
「す、好ぎな弁当の具ぁ…ほ、ホタテの照り焼ぎだべなぁ…!」
唐突な方言訛りが生徒たちのツボに入った
さっきまでの緊張した空気が一気に破れクラスに爆笑が起こった
そこへ戻ってきた担任もまた、笑い合う実習生と生徒たちを見て「何事か」と笑っていた
その後、堀田先生は”ホタテ先生”となり、時々入る訛りがかわいいと人気者になっていった
僕もこんな風に母との距離を縮めていけたらいいなと思った
「あ、今日は"の"だな」
また友人が僕の弁当の底を見ながら言った
カシャ!
僕はそれを写真に撮るのが日課となっていた
スマホの中にお弁当の写真だけのアルバムを作り、僕はそれを満足げにスワイプする
今日帰ったら、あの人にこの写真見せてみようかな…
友人が「今日もあっちーなぁ」と窓の外を眩しそうに見ながら笑っていた