公募ガイド「小説でもどうぞ」感想③
「最後のファン」タカハシヒロナリさん
お詫びいたします。中盤、客の女性が登場したとき、「ああ、彼女は実は鹿野の知り合いの音楽プロデューサーで、客を装ってバンドをテストしに来たんだ。合格すれば自分の事務所に引き取る話になっていて。で、合格してめでたく移籍のハッピーエンドになるんだな。オチが読めちゃったよ」と思い込んだんです。ごめんなさい。私だけかもしれませんが、どうも創作をしていると、先を読みながら読むいやな癖がついてしまったようです。さらに言えば私の頭が凝り固まっているためです。結果は、裏切られました。良い方向に。
こういうことってありそうな感じで、物語はあっさりと終わって、私の心に小さな灯がともった。小さな灯が、いいんです。現実ってそうすごいドラマチックなことが頻繁に起こったりはしない。売れないバンドだったのに急にプロに認められて新しい事務所に移籍になったらその途端に非現実的になり白けてしまう。「そんなん小説だからでしょ」と。でも、たった一人の女性に激賞されるのだったら、どんなアートでもあり得ると思うんです。初めて聴いた彼女の心を揺さぶったのは初心に返った、自分たちの好きな音楽だった。うんうん、創作ってこうなんだよねと、私もじいんときました。
バンド名もよく考えられてます。「レイン」=雨=寂しいイメージだけど、「リバー」=川=流れ続ける=歌い続ける。リバーに戻ったバンドは、ずっと歌い続けてゆくことを暗示しています。あとやっぱり、ビートルズの出身地であるリバプールも想起しました。……というのは考え過ぎかな?
「小説でもどうぞ」に応募したけれど落選となった作品をピックアップする企画で編集部さんが選んだ物語ですが、この作品が選外佳作以上であってもおかしくないレベルということは、編集部さんは毎回、残す落とすのギリギリをむちゃくちゃ悩んで選考されてるのだなあと想像します。私のような者でも5句選とか5首選をする場合、5つめと6つめに決定的な差がみいだせず本当に悩むので。
「現実ってそうすごいドラマチックなことが頻繁に起こったりはしない。」そうなんですよねえ……。ものすごいドラマは起こらないが読んだあと心に小さな灯がともる、逆に小さな氷が刺さるでもいいですが、そういうのを自分も書きたいなあと本作を読んで思いました。