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制服譲ります #SS #公募ガイド佳作

第11回W選考委員版「小説でもどうぞ」高橋源一郎&今村翔吾 公開選考会

佳作いただきました。公募ガイド様、スタッフ様ありがとうございます!😄

高橋さん、今村さんの評を募ガイドHPから転記させていただきました。


―― 3番目は「制服譲ります」(若林明良)です。

高橋 知り合いの家の娘が高校に合格したので、制服を譲ってほしいと。主人公は嫌だと思いますが、偶然、その子と会い、見ると実にかわいいし、性格もいい。しかも、家が急に貧しくなり、アルバイトすると言っている。結局、最後はケーキ代とコーヒー代も「ここはお姉さんに払わせなさい」と言う。純粋善意で嫌だなと思う人もいるだろうなと感じる一方で、僕はこういうのに弱い。だから、評価は○なんですが(笑)。

今村 僕は逆ですね(笑)。

高橋 やっぱり(笑)。

今村 いい人を書くのであれば、そっちに目がいかないようにする工夫が欲しかった。たとえば、冒頭に「いつも『お姉ちゃんでしょ』」と言われて嫌だったと書いておき、最後の「ここはお姉さんに払わせなさい」というワードが冒頭のエピソードにつながるようにしてくれたら評価は一気に跳ね上がるんですが、オチとしても弱いかな。それと〈やばい、ますますかわいい〉や〈ああ、マジでかわいい〉はもったいない。枚数が限られているのだから、もっと球をうまく使ってほしかった。
 僕の小説にもいい人はたくさん出てくるのでよくわかりますが、いい人でいこうとすると苦労します。評価は×です。



高橋さんは、大きな疵があるにもかかわらず(純粋善意、確かに💦)自分はこういうのに弱いから〇入れる、と。私これがものすごく嬉しいんです。巧くはない、だけど高橋さんの心に届いた、ということが。

そして×ではありましたが、私の願い「今村翔吾さんに読んでいただく」が叶いました。本を読もう、書店へ行こうとメディアで熱く語られる今村さん。佇まいが小説家というよりも役者あるいは格闘家みたいだなあと興味が広がりました。むかしダンスの教師をされていたとのことで、格闘家に見えたのも納得。共通点ありそうでしょ?

で、どんな本を書かれるのだろうと「幸村を討て」と「戦国武将を推理する」を読んだのですね。そしたら無茶苦茶面白いじゃありませんか。次の公募ガイドで選考される、ぜひ読んで欲しい!とリキ入れて書きました。

佳作に残していただいたから読んでもらえた。残していただいた下読みのスタッフ様に心から感謝します。



制服譲ります 若林明良

 中田の奥さんからS校の制服を譲って欲しいと言われたんだけど構わない? と母が言ってきたので嫌と即答した。
「娘に訊いて明日の夜に返事すると言ったんだけど、里恵ちゃん、S高に合格したんだって。制服、確か六万はしたけど、もう要らないのにずっと持っていても仕方ないじゃない」
 今春、S高を卒業した女子大生の身である。確かにもう制服は着ないけど、六万もしたのにお母さん、なんで譲る前提で言ってるのよ。善意にもほどがあるわ。冗談じゃない。
 中田家は近所の豪邸だ。お父さんは大手の銀行員でお母さんは専業主婦。里恵には中学生の弟が二人いる。
「中田さんはうちと違ってお金持ちなんだから、制服買うお金ぐらいいくらでもあるでしょ。S校の思い出の詰まった制服なのよ、一生持っておくつもりなんだから絶対に嫌よ。断って」
「まあ、お金持ちほど節約家っていうしねえ……」
 その夜は怒りで眠れなかった。死に物狂いで勉強して受かったS校。県トップの進学校だ。あの娘はS校の賢い生徒なんだと街なかで特別なまなざしを向けられるのが、どんなに快感だったか。制服はその象徴だ。
 小学生の頃、集団登校で中田里恵の手を引いたことはある。ごくおとなしい地味な子で、ほとんど会話をしなかった印象しかない。私の制服を譲れだって? 金持ちの癖になんてケチだろう。図々しい。許せない。
 翌日の土曜日、駅前の書店に行った。美容誌を立ち読みする。と、横から声をかけられた。
「あのう、……吉井景子さん、ですよね?」
 顔を向ける。陶器のような肌、薔薇色の頬。ストレートの黒髪を肩で切り揃え、睫毛が異様に濃い。今読んでいる雑誌から抜け出たような美少女が立っていた。
「……そうですけど、えと、あの」
「私、中田里恵です。母が制服を譲ってなんて失礼なことを言って、ごめんなさい!」
 里恵が勢いよく頭を下げた。周りの人間がいったい何事かと視線を向ける。
「えと、あの、とりあえず頭上げて」
 里恵が頭を上げた。黒目がちの大きな瞳が潤んでいる。……やばい、かわいい。
「えと、失礼ってか、別に失礼じゃないし」
「いえ、制服って思い出の詰まったものだから、ずっと手元に置いておきたいですよね」
 たどたどしく、しかし一生懸命に語る様子が何ともいじらしい。しかしあの地味な子が、こんなに綺麗になったのか。久しぶりに会った姪っ子を見る伯父さんの気持ちが分かった。そうして、伯父さんだってこう言うだろう。
「えと、下の階の喫茶店、ケーキがすごく美味しいのよ。よかったら行かない?」
「ル・スクレですよね、私もあそこのケーキ大好きなんです。はい、ご一緒します!」
 里恵の泣き顔が一転、輝く笑顔になった。やばい、ますますかわいい。
「……でね、数学の望月は要注意よ。奴のテスト、赤点続出だからね。それから現国の林。奥さんは昔の教え子で、実は略奪婚なのよ」
 ル・スクレでケーキを突っつきながら、S校の先輩として偉そうにマル秘を伝授する。
「ええっ、そんなドラマみたいな話、本当にあるんですね!」
 私の話に里恵はいちいち目を丸くして相槌を打ってくれる。ああ、マジでかわいい。調子に乗ってつい、訊いてしまった。
「でも、なんで里恵ちゃんのお母さん、私のくたびれた汚い制服なんか欲しいのかな? 中田さんのおうちだったら新しい制服何着でも買えるでしょ。お金持ちなんだから」
 私の話にころころ笑っていた里恵の顔が一瞬硬くなった。流れるように言う。
「うち、お金持ちじゃないです。お父さん、会社を辞めるんです。お母さん、先月から仕事を始めました。弟二人もいますし、それで」
 つい、目が泳いでしまった。決めつけていた自分が恥ずかしくなった。
「そうだったの……あの、……制服、やっぱりもらってくれない? 必要な人が持ってる方がずっといいし」
「いいえ、手放したらいつかきっと後悔します。それに譲っていただいたら、この先ずっと事あるごとに他人に甘えてしまうと思うんです。だから制服代はお金を貯めて、両親に返すつもりです。S校って家庭の事情があればアルバイトOKと、規定で読みました」
 里恵の瞳が強い光を放っている。
「そっか、わかった。そうそう、バイトしてる人、結構いたわよ。私も一、二年の夏休みに海の家で売り子してた。内緒だけどね」
 緊張を解いたように里恵が笑う。そろそろ出ましょうと、二人して腰を浮かした。精算時、里恵が財布から千円札を抜き、レジのトレイに置こうとするのを私は制した。
「ここはお姉さんに払わせなさい」
 一瞬動きを止めた里恵が姿勢を正し、ごちそうさまですと深く頭を下げた。


(了)