他人のペースにひきずりこまれない方法
かなり昔、社会人として未熟だったころ、職場で出会った女性社員がいた。
年齢差は一回り以上、二回り以下といったところだ。
現在に至るまで、私はこの年齢差の人には恩義を感じていることが多い。
氷河期世代の自分にとって、遠回しに言うとバブル世代にではないという意味だ。
その職場では一番下っ端だった私は、いつも使いっ走り(go run errands)の扱いで、現在からみるとコンプライアンス的にまずすぎるような仕事までさせられていた。
そんな自分の姿を見て、彼女は不憫に思ったのかもしれない。
折にふれ「指導」というには優しすぎる「助言」というには響きすぎるような手助けをしてくれるようになった。
そんなパシリだった私だけでなく、世の中の多くの人も「他人から押しつけられること」に日々困っているんではないかと思う。
無理難題を押しつける。
主観的な考えを押しつける。
正義を押しつける。
「べき」を押しつける。
好みを押しつける。
やり方を押しつける。
価値を押しつける。
心のやさしい、または弱い人間は他人からの強い「押しつけ」に屈してしまいがちだ。
そして集団生活をする動物たちもみんなやっているように、上下関係は最初のやりとりで決まることが多い。
いったん目には見えない上下関係ができてしまうと、その後もずっと相手からの「押しつけ」に従わなければならなくなる。
親切なその女性は、そんな相手にどうしたらいいかを教えてくれた。
当時の私のまずい所は、相手の言うことに対して真正面から「はい」と受けていたことだ。
使いっ走りの下っ端だからそうしなければいけないと、私は思っていた。
「それはやめた方がいい」
と彼女は言った。
相手が何か言っているのを聞く時には、身体の動きと表情が大事だ、と。
ちょっと曖昧な表情で「斜めの角度」を取れと言った。
決して反抗的とか挑戦的というわけではない。
ただ相手にはじめっから何かを期待させるような表情を向けるな、という意味だ。
そして相手が何かを押しつけてきた時には、斜めポジションの頭部をもう少しだけ傾けて「ん〜(??)」と言うのが良い。
とにかく「はい」「いいえ」は言わないでおくこと。
そう諭されて、私はさっそく彼女に「ん〜(??)」と首を傾げてみせた。
あれから20年近く経つ。
彼女の教えはずっと役立ってきた。
あらゆる人間関係において、たまには足元をすくわれるような失敗もある。
(コロナ禍で偶然出会った仕事の案件がとてつもなくホラーだった話とか)
それでもおおむね大きな波風をたてることなく穏やかに暮らしてこれた。
相手の言うことに対して「はい」と真正面から受け止めず、あいまいな態度に保留する。
これは嫌な相手の時だけ有効というわけではない。
好感を持っている相手にも、関係性を長く穏やかに保つには使えると思っている。
相手のペースに引きずりこまれず、自分のペースを保つことが大事。
他人に対してちょっとカッカとしやすいと気づいた時には、今も「ん〜(??)」と首を傾げている。