句読点って、どうつける?
4月1日付でトモダチが東京に旅立った。
俗に言う栄転だ(本人は神戸か大阪が良いと言っていたけど)
東京に行く前に「お別れ会」を行った。
と言っても、「またどうせ会う」と思っているからお別れ会的なことは苦手である。
プレゼントも、
手紙も、
改まった一言も。
「困るんだよね、送別会。だってまたどうせ会うでしょ?」
なーんだ。
やっぱり相手も同じことを考えていた。
〜
そこでふと思い出した。
子供の頃から「寄せ書き」が苦手であるということを。
決して寄せ書きを書く人を非難するとかではない。
ただただ、”苦手”である。
「ありがたい」と思いながら、もらったことはたくさんあるし、頼まれたら(できる限り逃げるけど)書くようにしている。
なぜ苦手なのか。
心の中で「いらないなぁ」と思う超現実的な自分がでてくるからだ。「あぁ、プレゼントやねんから、そんなこと思ったらアカン」と俯瞰でツッコむ。
感謝していない訳でもなければ、気持ちを受け取るのが嫌なわけでもない。
そして色紙に書かれたひとつひとつのメッセージを読むと、「特に書きたいメッセージなかったんやろな」と感じることがある。
「寄せ書き書こうよ」と言い始める人に熱量があるかもしれないが、みんながみんな、深い付き合いがある訳でもない。
なのに同じステージ(色紙)に同じ熱量で書かないといけないと思うと厳しい人がいるはずだと思う。
そもそも、みんなが読める場所で本当に伝えたいメッセージなんて誰も書かないよな〜と思っている。
あと「・・さんへ」って色紙に書く人がいるけど、「いやみんなそやろ!」って思っちゃう。「このタイミングで、別の人にメッセージ書くわけないやん」と俯瞰でツッコむ。
押し入れの奥に入れてたら引越しのタイミングでしかみないし(ごめんなさい!)
思いがこもってるから捨てにくいし(ごめんなさいぃ!!)
でも圧倒的にいらない(ごめんなさいぃぃぃ!!!)
〜
散々書いてきたが、自分がそう思うワケは「またどうせ会うでしょ」と思っているからである。
寄せ書を渡して別れた後に、忘れ物をしてたらとりに帰ってきずらいし、ご飯に誘いにくいし、いつも通りのメッセージも送りにくい。
なのに改まって「ありがとう」なんて句読点の「。」をつけられたら、また帰ってきずらいだろうなと思うから。
だからあえて「、」にする。
「。」にすることで進めることもあるけど、自分は「、」の方が自然で有難い。
なので特にメッセージは送らないし、いつも通りにすることが自分なりの未届のスタンスです。
〜
そういえば、去り行く友達に帰りの電車で「ありがとうね、いろいろ」と改めて言われた。
「改めて言うんかい」と思った。照れ臭かった。
「地元じゃないから、休日に遊べる友達ってなかなか出来ないんだよね。だから本当に助かった。ありがとう。」
「あっそーなん。でもまた会うやろ?」照れ臭かった。
「また神戸に来たら連絡するね」
「はーい」
「じゃあね〜」
「じゃあね〜」
2-3ヶ月に一度くらいしか会わないのに、ドアが閉まった瞬間とても寂しい気持ちになった。
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