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お茶葉

ある人と、喫茶店でお茶をすることになった。「ここのお店に行ってみたくて」。そのお店は紅茶にこだわりがあるお店だった。紅茶と呼び捨てではなく「お紅茶」とお呼びしたくなる丁寧なお店だった。

たくさんのカタカナが並ぶメニュー。鳥が上空から地上を見たら人はこんな感じなんだろうなと思った。髪の毛の色や服の色の違いはわかるけど、どれも同じに見えているのだろうなと思った。「この一番下の(お)紅茶をください」。一か八か適当に選んでみた。

店員さんが戻ったと同時に目の前の人は言った。
「私、人見知りなんです」と。「あ、そうなんですね〜!」
と、自分の中でスイッチが入った音がした。早くお紅茶よ届けと祈りながら。

かのいう自分も昔は「人見知りです」と言うことが多かった。今でも口にすることはあるが、文脈として必要だなと思った時にだけ言うようにしている。自ら「人見知りなんで」とエクスキューズすることは自分を守るためだと思った。「私は初対面の人と話をするのは苦手です。自信もありません。面白い話もできません。でも、よろしくお願いします」と聞こえるようになった。「私は話すことおまへんから、がんばっておくんだまし。今日のコミュニケーションにかかるカロリーはあなたもちでっせ」と関西弁で書いてみた。どちらにしても、相手に失礼だと思うようになったからだ。

HSPというものがある。「感受性が強すぎて、めっちゃ繊細な資質」を表す言葉だ。数年前に”繊細さん”なんて言葉でもてはやされた。紛れもなく自分もその”繊細さん”なのだが、自分から言うことに気を遣う。それこそ予防線を張っている自分が嫌だからだ。「わたしは弱いの。だから気を遣ってね」と思わせたくないからだ。

人見知りとは、相手に気をちょっと使いすぎているだけだと思っている。「こうなったら、嫌な思いをするかな?」「いまこれを言ったら、どう思うだろう?」「声をかけたいけど、忙しそうだな」
初対面の人と何を話せばいいかわからない理由は、相手の人がどんなことが好きで嫌いなのかがわからないからであって、それを知ってさえいれば安心することができるのだ。

紅茶が届くまで、自分の中にある引き出しを目一杯開いて、あいてのツボを探ってみる。どこが好きで、何が嫌で、どんな人なんだろう?いろいろと探るが見つからなかった。ともしてるうちに紅茶が届いた。

「抽出まで3分ほどお待ちください。この待ち時間もお楽しみください」

あっ、と思い聞いてみた。「そういえば、紅茶はなんで好きなんですか?」
「いや、別に好きってわけでもないんですけどなんとなく」
待たせた割にはツボでもないんかい。人生ではじめて茶葉を恨んだ。

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前田 彰
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