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読書レポート #18 『ファシリテーションの教科書』
本の選定理由
選んだ理由
ファシリテーションに関する考え方は、将来プロジェクトを率いるリーダーになった際に求められるものだと感じたからである。
ファシリテーションとは、組織のメンバーの知恵と意欲を引き出して物事がうまくいくようかじ取りをすることである。プロジェクトのリーダーにはもちろん、家庭をうまく回す父親としても欠かせない能力であろう。
筆者はグロービス経営大学院教授の吉田素文氏である。吉田氏は数多くの企業で経営者育成プログラムの講師を務め、グロービス経営大学院では学びを生み出す講師の育成活動(ファカルティ・ディベロップメント)を実施してきた。
仕事と家庭の両方をうまく回せるような人材になるべく、この本からファシリテーションのエッセンスを吸収していきたいと思った。
ファシリテーションとは?
ファシリテーションについて、日本ファシリテーション協会は下記のように定義している。
人々の活動が容易にできるよう支援し、うまくことが運ぶよう舵取りすること。集団による問題解決、アイデア創造、教育、学習等、あらゆる知識創造活動を支援し促進していく働きを意味します。
https://www.faj.or.jp/facilitation/
多くの組織で不幸な断絶が起こっていると筆者は感じている。
経営者は「社員は言われたことはしっかりやる。だが、自分で考えない指示待ち社員が多い」、メンバーは「上が何を考えているかわからない。過去の成功体験にとらわれて考え方を変えようとしないのでは」とお互いが不満をくすぶらせているという。
情報技術の進化により、驚くべきスピードと量で情報を入手・発信することができるようになっている。伝えられる情報量や手段は確実に増えているにもかかわらず、相手が何を考えているかわからないという悩みはかえって深まっている。
「考える組織」とは何か。組織のひとりひとりがそれぞれの持ち場で何をすべきか理解していること。ひとりひとりが積極的に考えを公表し、立場や利害の違いを超えて相互理解を図って合意を形成できること。このように持ち場を理解している人どうしが掛け算のように力を増幅させて協働できる組織こそ考える組織といえるだろう。
市場や技術の変化スピードはますます速まっているため、意思決定と実行のスピードアップが求められている。また、企業・組織の活動がグローバル化している現代ではこれまでよりも多様な人同士が協働する必要性が高まっている。
こうした考える組織をリードできるのは、メンバーの知恵と意欲を引き出すことのできる「ファシリテーション型リーダー」である。
この本の概要
ファシリテーションの難所
ファシリテーションのゴールは、議論の結論(行動)について参加者が腹落ち感を持つこと、そして行動が行われることである。
腹落ち感とは、ある行動に対する目的と理由を理解し、具体的なあるべき姿を自ら描き、当事者意識を持ちワクワク感を持って受け止めることである。
だが、参加者に腹落ち感を持たせるファシリテーションが行われることは少ない。多くのファシリテーションで犯しがちなことは、下記である。
自分にとって新しい課題やよく知らない人との議論をリードできない
相手の意見を聞いているようで自分の意見を押し付けてしまうこと
この2つにより、議論に参加した人たちの腹落ち感を形成できずに無駄な議論となってしまうことが数多くあるという。
ファシリテーションをうまくいかせるための行動は、2つある。
ひとつは「仕込み」で、もうひとつは「さばき」である。
仕込みとは、本来あるべき議論を事前に頭にインプットしておくことである。さばきとは、それぞれの参加者に腹落ち感を生み出すためのコミュニケーション技法である。
仕込み
あるべき議論の姿を設計する
ビジネスにおける議論は、行動の決定が最終目的である。組織のボスから一方通行の行動指示が出ても組織は回るが、部下が腹落ち感を持って行動できているかはかなり疑問である。
参加者は自分の意見を提示し、他の意見との相違やメリデメを比較する。
この比較により自分の意見の修正や学びを得て初めて腹落ち感を得る。つまり、議論の価値は下記となる。
合理性を高める
決定プロセスの納得性を生む
仕込みで行うことは下記3点である。
議論の出発点・到達点を明確にする
参加者の状況を把握する
議論すべき論点を広く洗い出し、絞り、深める
あるべき出発点・到達点を導くには、合意形成のステップが参考になる。
それは、下記の四段階に分かれる。
場の目的の共有
アクション理由の共有
アクションの選択
実行プランの共有
合意形成のステップにおいて、各ステップで合意を取ることで一段階進められる。どのステップから開始し、どのステップで完了とするかは議題しだい。ただし、参加者の状況を見て進行速度を調整する必要がある。
参加者の状況を把握する
必要なのは下記2点である。
認識レベル:何を知っていて何をしらないのか?
意見・態度:議題に対する意見や態度は?
可能なら、思考・行動(どう考えどう行動する人たちなのか?)も意識すべきである。
認識レベルは下記に分類される。
議論の前提
議論の中身
議論の場
各要素の例を挙げると、下記となる。
前提「なぜこの議論をする必要が生じているのか?」
中身「議論に必要なベースの知識・専門知識」
場「この場での振る舞いはフォーマルかフランクか?」
意見・態度について、Yes/No形式の議論だとすると下記になる。
対象:賛成/反対する具体的な対象は?
理由:賛成/反対する具体的な理由は?
背景:なぜそのような考えに至ったのか?
参加者の意見・態度を意識しないと「やりたくないから反対」「よくわかっていないから反対」など、参加者は腹落ち感の極めて低い消極的な判断に頼らざるを得なくなる。
思考・行動は下記に分類される。
議論に貢献する人、ノイズとなる人を見極める
参加者相互の関係
参加者とファシリテーターの関係
特に、参加者とファシリテーターが初対面の場合は参加者との関係づくりから始めることが必要である。例えば議論前にアイスブレイクとして自身の紹介をするなどを行うのが良い。
論点を広く洗い出し、絞り、深める
論点とは何か?意見や主張がどういった問いに応えているか、どのような視点から考えた結果導かれたものなのか…というポイントである。
議論の場でよくありがちなのが、論点ではなく意見に誘導してしまうことである。こうなると参加者は「意見の押し付けでは?」と考え、反発を受けることとなる。
論点把握のステップは、下記となる。
広げる
絞り込む
深める
先述したとおり、議論は腹落ち感のある行動決定がゴールである。
行動決定というゴールに必要な論点をまず広げる必要がある。議題に関連する知識や事例から論点を数多く洗い出す。その中で、議論すべき論点とそうでない論点を分けて認識する。そうして導いた議論すべき論点を深堀りして参加者に問うていくのがよいファシリテートに繋がる。
論点を効率よく絞り込む上では下記の問いが役に立つ。
合意形成の必要がある論点か?
主張に対立があるか?
その場の参加者が持つ情報で結論を出せるか?
この3つに全てYESが出る論点が議論すべき論点である。
問題解決の思考ステップ
ファシリテーションに活かせる問題解決の思考ステップは、下記である。
What:なにが問題なのか?
Where:問題はどこにあるか?
Why:問題の原因は?
How:どうやったら問題は解決するか?
よく陥りがちなのは、決め打ちと絨毯爆撃である。
決め打ちというのは、ある問題に対して個人の経験や知識で原因を決めつけることである。これが本当に正しい解決策ではなく結論ありきでの議論が進行した場合、だれも幸せにならない結末をたどるだろう。
絨毯爆撃というのは、ある問題に対して考えうるすべての対応を取ることである。対応の過程であらゆる資源を浪費することとなり、資源が尽きてすべての対策を実行できない結末に陥りがちである。
決め打ちと絨毯爆撃は、それぞれWhyとHowが先行した問題解決である。本来は、Whatから段階を踏んだ思考が必要である。
どんな問題が起きており、どこに問題があるかという視点が欠けている状況では効果的な問題解決には至らないのである。
さばき
発言を引き出し、理解する
先頭で書いたこと
それぞれの参加者に腹落ち感を生み出すためのコミュニケーション技法
さばきのプロセスは下記となる。
発言を引き出す
発言を理解して共有する
議論を方向づける
結論づける
参加者に腹落ち感を持ってもらうためには、発言を引き出すことが第一歩である。発言が出たら、それを受け止めて他の参加者にも伝わるよう平易な表現で共有する。
発言を引き出す上で、参加者が何を悩んでいるかを探るのが早いだろう。
そもそも何を発言したらいいか、どんな視点から発言したらいいか、上長の意向を気にして発言できないのか…。こうした悩みを解決するためのヒントを授けて発言を促すことが必要である。
例えば「賛成と反対のどちらでしょうか」「あなたの立場からみた効果や影響はどうですか」などである。
発言を理解するというのはどういうことだろうか?下記のポイントを理解することである。
結論:何を述べたいのか?
根拠:結論が導かれた背景は何か?
論点:どの視点から述べているか?
目的:なにを目指した発言か?
この本を読んで学んだこと
この本から学んだこととしては、ファシリテーションの基本は「スタートとゴールの定義づけ」「相手の話をよく聴きよく知ろうとすること」だと感じた。
私はこの本を読む前、議論というのは競争や対決を想像していた。いうなれば、逆転裁判みたいな構図である。お互いのクライアントの要求を通すために持論を提示し、反論に対応できるような用意をする…といったイメージであった。
しかし、これは裁判という特殊な場における議論であり、ビジネスで行われる議論とは全く異なるものであった。ビジネスで行われる議論は、問題を定義する・視点を広げるために互いに意見発表を行う・議論すべきポイントを絞って議論する・結論づける…というプロセスがあることを理解できた。
そして、相手の話をよく聴き理解するだけでなく、知ろうとする姿勢を出すことが良いファシリテーションに不可欠であることも学んだ。
参加者に腹落ち感を与えることが良いファシリテーションであり、参加者の発言を促すことがその第一歩である。第一歩を踏み出すためには相手を知ろうとする姿勢、すなわち好奇心や人間愛といった精神が大事である。
自分はよりよいエンジニアになる上で、好奇心はもちろん人間愛といった言葉やプログラムで表せないが非常に重要なメンタリティを養っていきたいと思えた。