界のカケラ 〜3〜
久しぶりに中庭に出た。
いつも見慣れていた中庭なのに、今日はいつもとは違う感じがした。
医者として勤めているときと、入院患者としているときと
受け取る印象は変わってくるのは不思議だけれど、この違いに気づけたのは面白かった。これから新しく来る人たちの話のタネにとっておこうと思った。
そんなことを思いながら久々に外の空気を吸ったことで
気持ちが少しずつ上がってきたのを感じた。
「あ、そうだ。久しぶりに中庭に出たのだから、あの桜の木に会いに行こう。」
桜の木は中庭の舗装された道に沿っていけば迷わずに行けるようになっている。病院の敷地が広すぎるが故の配慮だが、病棟自体は全て繋がっているので中庭といえば常識的に考えて迷うことは普通はない。桜の木も大きいので一目でわかる。
「ここで迷う人はいないだろうな。」
と思いながら歩いていたら桜の木が見えてきた。
桜の木の周りは少し盛り上がって丘のようになっていて、根元の土が踏まれて固くならないように柵が丘の周りを覆っている。その周りに三人がけのベンチが5つ、二人がけのベンチが4つ置かれている。
桜の木は春に向けて青葉が茂り始めていて花を咲かせるための準備を始めた頃合いだった。毎年この時期から春過ぎにかけて歓送迎会やお花見シーズンでいつも以上に急患がくるから、こうやってゆっくりと見ることがなかったけれど、どんなに樹齢を重ねても毎年同じサイクルで葉をつけ、蕾をつけ、花を咲かせ、次の世代へとつなげて行く姿を繰り返していることに、私は畏怖と尊敬を感じずにはいられなかった。
三人がけのベンチに腰掛け、桜の木を見上げていると一人の男性が声を掛けてきた。その男性は3年以上入院しているご老人で、この桜の木の下で日向ぼっこをしている姿を見かけていた。私は見かけるたびに挨拶はしていたが、きちんと話すのはこの日が初めてだった。