界のカケラ 〜118〜
生野さんに残された時間はわずかだろう。
そのわずかな時間を私と共有してくれることに感謝の気持ちが生まれた。この時間をかけがえのない時間にし、記憶という無限の時空間に残していきたい。
「生野さん、お話というのは何でしょうか」
「ああ、話というのはな……」
生野さんが話し出しそうとしたら、あの音が聞こえてしまった。
カラン…… カラン……
自分の時に聞いた音とは思えないくらい大きな音が聞こえた。 その音に驚き、辺りを見回した。
「そうか……
四条さんにも聞こえてしまったか……」
「はい……
私もさっき自分の音を聞いてしまいましたが、その時の音よりはっきりと響く音で聞こえました」
「それなら全部話す必要はないかもな。
もう分かっているのだろ?」
生野さんは神妙な顔つきで私の顔をじっと見ていた。
「はい……
あのカケラの音は命のカケラのようなものですね。生野さんの話だけでなく、今日の自分の体験、そして午前中に会っていた私を怪我させた人の話から推測しました」
「たぶん、それで合っていると思うよ。
それにその音だけでなく、砂が風に流されているときに聞こえる音も聞こえる」
「それは、サーッという音ですか?」
「ああ。それに近い音だ。
これはきっとカケラが徐々になくなっていく音なのだろうな。
実はな、この音は戦争中に何度も聞いていた。耳がおかしくなっていたからだろうと思っていたが、平和になった時代からは聞こえなくなっていった。でもそれが昨夜からまた聞こえ出したんだ。
だから今度こそ私の本当の寿命なんだろうな」
淡々と、悟ったように語る生野さんは、死を受け入れているのは明らかだった。
「死ぬことを受け入れているのですね……」
「ああ。元々、戦地で死ぬ運命だったからな。
それが赤橋のおかげで生きながらえて、今日まで生きてこられた。これ以上何を求めたらいいのだ。
愛する人と結ばれ、戦後復興から引退するまで人のために生きてきて、これに勝る幸せはないよ」
「……」
「何も四条さんまで悲しむことはない。誰にでも平等に経験する通過儀礼のようなものだ。
私の場合は、故意に命を奪われず、事故でもなく、寿命で命が尽きる。 まあ、寿命と言っても私の場合は寿命なのか分からないがな」
「死ぬことが怖くないのですか」
「怖く?
怖くはないよ。本当に怖いのは、人が人を殺し合うような世の中になってしまうことだ。憎しみと悲しみしか残らない世の中になってしまうことの方が死ぬことより何倍も怖い。
だから私の場合は、怖くなるというより、寂しくなるな」
「寂しく?」
「六十年近くこの街の行く末を見守ってきて、今はこんなにも住みよい地域になった。犯罪もほとんど起きない治安の良い街で、住民同士の繋がりがたくさんある。新しい人が入ってきても受け入れられやすい。その街をこれからは見れなくなってしまうとな……」
「きっと同じように続くと思いますよ。原型を作ったのが生野さんですから」
「ふふふ…… 嬉しいことを言ってくれるね。
そうだと良いがな……」
「なりますよ。
生野さんの代わりに私が見守っていきます。
縁あってこの街、病院にやってきたのも意味があると思いますから。生野さんの後を勝手に継いでいきます」
「ああ、よろしく頼む」
「はい」
生野さんの後を継いで見守っていくというのは、決してその場の雰囲気だけで言ったことではない。私がこの街のこの病院へ来ることが決まっていたような出来事があったからなのだ。