界のカケラ 〜95〜
さて、ここからどう展開させようか。
なんとか部屋に連れてくることができたとはいえ、信頼関係もない状態で闇雲に聞いても聞きたいことや気づかせることなどできそうにない。目的ははっきりとしているのに、話の持って行き方に悩んでしまう。
何かいいアイデアはないだろうか。考えすぎて彼女に背を向けてお茶を入れる動きが、ナマケモノにでもなったかのようだ。
「お菓子からアイスブレイクをすればいいよ」
天啓のように聞こえた声は、ゆいちゃんだった。ここまでのやり取りをどこかで見ていたのだろうか。今のタイミングで助け舟を出してくれるのはありがたい。
「お菓子? 今あるのはさっき食べたクッキーしかないけど、これで良いのかな? もともと出す予定だったけど。
うん、わかった。ゆいちゃんがそう言うなら、このお菓子から話し始めるね」
そう心の中で答えた。
「そこにある開けてない箱を持っていって、目の前で出してね」
小さい棚に置いた六つあるものを出そうと思ったのを見透かされたのかもしれない。家に持って帰る用に未開封の箱をとっておいたのだが、ここで開けることになるとは思わなかった。しかも箱を持っていって目の前で開けるという指示付きだ。こう細かい指示だと何かを思わせるので、ここは素直に従っておくことにした。きっと意味があるのだろう。
でもこれが何の意味があるのだろう?
クッキー自体に意味があるのか、お化けのデザインに意味があるのか、味に関係するものなのか。どれも当てはまりやすい要素だけに深読みし過ぎてしまう。
こうなったら今入れているお茶は自分の分にして、お見舞いの品にもらった紅茶を出してみることにした。この紅茶は味もさることながら、パッケージが可愛い。猫やハチ、うさぎなどのイラストが紅茶の種類ごとに描いてある。しかも美味しい入れ方も種類別に記載されているので、紅茶に親しみがなくても美味しいと思われる淹れ方ができる。モンブランティー、ホワイトピーチティー、アールグレイ、ロイヤルアップルの四種類を選んでもらおうと手に取り、テーブルに持っていった。
「飲み物は紅茶でも大丈夫ですか?」
「はい」
「今、手元にあるのがこの四種類なのですけど、どれが良いですか?」
「そうですね…… 馴染みのあるアールグレイでお願いします」
「はい。わかりました。もう少しだけお待ちくださいね」
「……」
彼女は軽くうなづいた。やはり気まずくて居心地が悪いのだろうか。この状態を解消するために、少し早めに紅茶の袋を開けてお湯を急いで注いだ。注ぎながら紅茶のパッケージには興味をもたなかたようなので、紅茶は関係ないらしい。やはりクッキーが鍵になっているのだろう。
紅茶と自分のお茶を持ってテーブルに向かった。
「お待たせしました。どうぞ。
あと、この飲み物によく合うお菓子があるので持ってきますね」
「そんなにお構いなく。話が終わればすぐに帰りますので」
「まあ、そんなことを言わず、ゆっくりしていってください」
ゆいちゃんの声を聞いたことで余裕と自信が湧き、相手より優位に立った気分になっていた。このまま調子に乗ると足元を掬われるので自重した。
ベッド脇にある棚の下から未開封のクッキーの箱を取り出し、そのままテーブルに持っていった。
「あ、それは……」
箱を抱えている腕の隙間からパッケージが見えたようだった。
もちろんそれは計算済みである。わざと相手に見えるようにパッケージを向け、腕も見えるように隙間を開けて抱えていた。計算通りの反応に、彼女の心を捕らえた気がした。
「このクッキー、ご存知ですか? 神奈川に二店舗しかないクッキーなんですよ。大好きなので同僚に無理言って買ってきてもらったんです!」
私のテンションの高さに反比例するかのように気分が下がっている彼女がいた。
「もしかして甘いものとか苦手ですか?」
「いえ。好きです…… 」
歯切れが悪くなっている彼女の様子に、何かあることは容易に察することができた。
「このクッキーに特別な何かがあるのですか?」
「いえ……」
「本当ですか?
誰がどう見てもありそうな気がするのですが……」
「……」
「そうですか……
きっと話したくないことでもあるのですね」
「……」
このお菓子に何があるのだろうか。彼女にとって話づらいこととは何なのだろうか。
シンと静まり返った部屋にカップを置く音だけが何度も響いていた。