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界のカケラ 〜60〜

 少しずつ陽が傾き、さっきまで暖かかった風が少しずつ冷たさを増していった。あまり冷えてくると生野さんの体には辛いだろうし、風邪をひかしてしまってはいけない。私もそろそろこの状況に我慢しきれなくなっていた。

 待てば海路の日和ありという言葉があるが、本当にそうなるだろうか。いっそ彼はこのまま子供の頃の心の状態でいた方がいいのではないかという医者としても人としても不謹慎な考えを持ってしまったことは否めない。誰かこの状況を変えるような何かを持ってやって来ないか。そう思えば思うほど広い中庭に私たちしかいないことを認識させた。まるで異次元の世界に入り込んでしまったと言わざるをえないほど不自然に三人しかいない状況がおかしすぎる。お願いだからそうであって欲しい。

 しかしこれは紛れもなく現実だ。現実の世界で起こっていて目の前には救いたい人がいる。でも救えない可能性が今はあるので、早くゆいちゃんが「お姉ちゃん」という人物を連れてきてくれないか。他人任せでも良い。何かの縁で三人が中庭にいるこの状況が本当に起こらなければいけない出来事ならば、きっともうすぐ打開するものがくるはず。そう信じようと思った。

 私はベンチから久しぶりに立ち上がり、桜の方に体を向けた。生野さんはそんな私を見上げて呟いた。

 「やはり結衣にそっくりだ」

 唐突な一言に私は思わずドキッとした。

 「え?」

 生野さんの顔を見ようと斜め下に顔を降ろした瞬間、暖かく、どこか懐かしい感じのする風が中庭に咲いている黄色のフリージアの香りと一緒に舞い上がってきた。

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akira
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