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界のカケラ 〜87〜

 久しぶりのパソコン前の作業に疲れてしまい、椅子から転げ落ちそうなほど背もたれいっぱいに伸びをした。たった数十分にこれだけ体に堪えるなんて思ってもみなかった。少しずつリハビリが必要だなと思っていたところにおしゃべり好きな看護師部長の工藤さんが話しかけてきた。

 「あら、四条さん、ようやく復帰するの?」

 どうやら誰かが部屋に入るのを見かけたか、ここにきたことを話した人がいるらしく、噂を聞きつけてやってきたようだ。この人のおしゃべり好きは、この病院の医師、看護師のほとんどが犠牲になったと言っても過言ではないほど人に話しかけまくることで有名だ。しかも話のオチがなく、最後はモヤモヤ感いっぱいになるので、女性でさえも暇なときは迂闊に近づきたくないほどである。人柄はいいので皆悪い気はしないのだが、モヤモヤ感が診察に影響したり、作業に影響したりするので、皆、誰かを犠牲にさせようと策略するのが面白い。しかし自滅するリスクも高いので、なるべく忙しいふりをするのだが、忙しいふりを見分ける目を持っているので怖がられている存在だ。救命救急科は職務上、年中忙しいので滅多に来ないのだが、今日は私に会うためにきたので、私と話した後に誰か犠牲になってしまう可能性もあるので、皆の視線が骨まで届くくらいに痛かった。

 
 「はい。と言ってもまだ院長とリーダーに相談しながら復帰日とシフトなどを話し合わなければいけないので、いつ復帰するかは未定です」

 なるべく普通に接して、私の後に誰にも犠牲を出さないようにしなくてはいけない緊張感の中、工藤さんと会話を始めた。ここで私以外の人に話しかけないようにうまい会話をするのが、いまの私の立場とミッションだ。ここで誰かに話しかけられてしまうと、復帰後の仕事に影響が出てしまう可能性が高い。なんとかこのミッションを成功すべく会話を私主導で進めて、一緒にこの部屋から出てくれれば復帰後の仕事の影響はゼロだ。よって、私との会話が途切れずに一緒に部屋を出て、工藤さんの本来の職場である内科に連れて行くことが最終ミッションになった。

 「そうなのね。頭を強く打ったって聞いていたから最初は無理しない範囲でね。あれから結構経つから影響はなさそうに見えるけど、ある時急にっていうこともあるからね」

 「そうですよね。まだ頭痛が出るときがあるので、少しでも異変を感じたら休んだり、先生に相談しています。医者としての立場から患者の立場に変わると、頭を打って頭痛がする乗って結構怖いものですね」

 「そうなのよ。私なんか肝臓ガンになったときなんて怖かったわよ。肝臓は再生能力があるから元の肝臓の大きさの四十パーセント程度を残しておけば元の大きさに戻るって言われたけど、見えないからわかりづらいし、再発や合併症のことも考えたらほとんど寝られない状態が術後二週間くらいはあったわよ」

 「それが普通ですよね。患者の立場になったら、こんなに不安で怖いことなんだって初めて知りました。今までは想像だけして患者さんに寄り添っていましたが、それは本当の意味で寄り添っていなかったんだと思い知りました。でも立場上、深く入りすぎてもいけないので、その線引きが難しくなりそうです」

 「そうそう。線引きね、私も確かに悩んだわ。経験してしまったから逆に悩むことも多くなったし。でも患者さんの立場に立てないような医者や看護師、医療関係者は病院のためにも患者さんのためにもならないからね。そうならないように戒めの意味合いも含めて、そういう経験をしたんだと思うようにしたわ」

 「あ、それわかります! 私もそう思うようにしました」

 私の場合は、そう思わざる経験をしたからだが、昨日起きたことを話しても信じてもらえないだろうし、何より話が長引いてしまうことや誰かに話を振ることになるだろう。患者対応していない先生たちは自分に話が振られないかビクビクしているのは嫌でもわかる。ここでそれを話そうものなら、復帰後の私の居場所はなくなるのはほぼ確実だ。もうそろそろ話を切り上げて一緒に部屋を出よう。

 「工藤さん、私そろそろ中庭に出てストレッチをしようと思っているのですけど、その前に内科の看護師さんたちに復帰する旨を伝えたいと思っています。工藤さんが一緒にいてくれると嬉しいんですけど・・・」

 「ええ、もちろんいいわよ。皆、四条さんのこと心配していたしね。じゃあ行きましょうか」

 「ありがとうございます! 助かります!
 では、先生方、本格的に復帰するまで、もうしばらくお待ちくださいね。失礼します」

 工藤さんが食いついてくれ良かった。これで無事にミッションが完遂できる。復帰してからの私の居場所は安泰だ。しかし部屋を出るまでは油断できない。慎重に一緒のタイミングで出るまではミッションだ。

 そうして私は先頭をきってドアを開けて工藤さんを先に部屋から出てもらい、閉める間際に頭を下げて、部屋を後にした。

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akira
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