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界のカケラ 〜84〜

 考えている時間が長かったのか、いつの間にかそのニュースは終わり、天気予報のコーナーになっていた。朝の寒さは今がピークで徐々に温度が上がっていき、少し暑さを感じるほどの暖かさで桜の開花も促進されるようだ。予報を見たところで眠気がまたやってきたので、二度寝しようとテレビを消して掛け布団を頭からかぶって横になった。

 しばらく眠れなかったが、いつの間にか寝ていたようで、寒いのにもかかわらず布団が大きく下にずれていた。おかげで窓から入る日差しで目が覚めた。時計の針は七時半を指していた。ちょうど朝食の時間でドアのノックに慌てた。入院中はよく眠れず、もっと早い時間に目が覚め、顔を洗ったりして朝食を迎える準備は常に万全だったのだ。それが今日は初めて寝坊をした形になり、慌てて何を言っているかわからない声でドアを開けるように言った。ボサボサの頭にはっきりしない目で配膳の方と目を合わせたら、思わず笑ってしまった。

 机を出して配膳をしてもらい、見送った後に洗面所へ行き、諸々のことを済ませて朝食を食べた。この朝食も今日か明日で最後だと思うとなんとなく寂しい気持ちになった。きっと仕事を再開したらこんなに栄養バランスが整ったご飯は、休みの日を除いて食べることは難しいだろう。今日はしっかりといつも以上によく噛んで味わった。

 お膳を返し、院長に会うべく髪を整えていたところ、ある事実に気がついた。院長、もしくは秘書に会うためのアポイントメントをとっていないということに。私が院長に会うときは決まって中庭の片隅で庭作業をしているときで、例外は入院するように伝えられたときの病室だけである。我ながら変わっているといえば変わっていると思うが、それが普通になってしまっていたためのうっかりミスだ。仕方がないので救命科のリーダーに会ってから自分のパソコンでアポイントメントのメールを送ることにした。

 救急救命科は二十四時間体制なので、いつでも空いているから早朝に行っても迷惑はかからない。久しぶりに行くので緊張する。この緊張感は子ども時代の風邪で休んだ翌日に教室に入るときに似ている。最初に誰に会うかで学校生活が変わりそうな、ドキドキしてうまく喋れないようなこの感じをどう説明して良いものか。でも同僚に久しぶりに会える嬉しさもあるので足取りは軽かった。入院中は最初のお見舞いしか来てくれなかったが、それは仕事の忙しさと気を遣ってのことだけど少し寂しくもあった。少しばかりの寂しさを埋めるようにゆっくりと長い廊下を歩き、階段を降り、救命科の部屋に歩いて行った。

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akira
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