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界のカケラ 〜35〜
人というのは不思議なものだ。
最初は怪しい存在であったとしても、接触する回数が増えたり、言っていることが正しかったり、当たっていたり、自分が得をすると、その存在を認めるか、信じてしまう。人が集団で生活し、数千年生存できた要因はこういう部分が備わっていたからであろう。そこに騙されるという要因も含まれているのが玉にキズだが・・・
何はともあれ、ゆいちゃんを信じて、市ヶ谷さんとの会話を続けようと思った。
「市ヶ谷さん、もし良かったら・・・
その・・・
なぜ睡眠薬を飲んだかお話を聞かせていただけませんか?」
「わかりました」
市ヶ谷さんはそう言いつつも少し苦しそうな顔をして、膝に顔が付くくらいまで背中を丸めて話し始めた。
「生きているのが嫌になったんです」
まあ、そう睡眠薬を大量に飲む時点でそうだろう。どうしてそうなるに至ったのかを私は知りたいのだ。私は理由を知りたい欲求に急かされてしまい人として、医者としてあるまじき思考だったことを瞬時に反省した。そんなことを知る由もなく市ヶ谷さんは話を続けていた。
「私はなぜ生きていなければいけないのかと思うのです。
生きる目的が何か一つでもあれば生きていなければいけないです。それを奪おうとは思いません。
でも生きる目的がないのに生きていなければ、生きているのは、酷だと思うのです」
少しずつ市ヶ谷さんの感情が言葉に混じってくる中、矢継ぎ早に言葉を発していく。
「生きているけど死んでいるのと同じような人がたくさんいるのに、なぜか彼ら、彼女らは生きる目的を探さない!
どうして生きている人を殺す!
どうして生きている人を平気で傷つける!
なぜ人は動物を殺すのに、自分は殺されたくないと思う!
命ってなんですか!
息をして、ご飯を食べて、寝ているのが生きているっていうことなんですか!」
次第にヒートアップして興奮状態になっている市ヶ谷さんを見ていることしかできなかった。
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