界のカケラ 〜115〜
「それでは先生、もうすぐお昼の時間なので病室へ戻りますね。引き続きよろしくお願いします」
「はい。私も諸々の手続きをしておきます。こちらこそよろしくお願いします」
二人を見送るためドアへ向かった。
見送りながら私は楓さんが話していた時に引っかかっていたことを思い出した。
「あ、そういえば楓さん」
「はい、何でしょう?」
「お義母様が話されていた時、命を絶とうとした日の九時に驚いた反応をしていたと思うのですが、あれは何で驚いていたのですか?」
「あ、あれですか。
あれは不思議なんですけど、九時ごろに包丁を持って台所で座っていたんです。そうしたら隣の部屋でカタンと音がして、それがだんだん近づいてくるように感じたので確認をしに行ったんです。でも何もなかったので台所に戻ろうとして時計を見たのが九時だったっていうだけです」
「そうだったのですか。
お義母さんが音を聞いたのと同じタイミングだったのは不思議ですね」
「そうですね。きっと繋がっていたんじゃないかと思います。
私が危ないことをやろうとしているから伝えてくれたのかな」
「きっとそうですよ」
「そうだといいですね。お義母さんもそう思いますよね?」
「はい。偶然にしては出来すぎてますよね……
あ、音といえば他にもありましたよ」
「どんな音ですか?」
「カランっていう音が私の家を出る前と楓さんの家に着いたととき。
砂が落ちて擦れあっているような、サーッという音です」
「二種類ですか?」
「はい。私の聞き間違いかなと思ったのですけど、何度もしたので聞き間違いではないです。
でも不思議と音の元になるものが周りにないんですよね」
「カランっていう音は具体的にいうとどんな感じですか?」
「そうですね……
金属音に近い感じでしょうか。割と高めの音ですね。でも軽石が床に落ちるような乾いた音でもあったような」
「それに似た音なら私も聞いたことがあります」
「え? いつですか?」
「実は楓さんの飲み物のお代わりを入れて持って行こうとした時です。その音を聞いたら目の前が暗くなっていきました」
「紅茶を入れ替えていた時、そんなことになってたんですね。全然気づかないですみません」
「いえ、いいんですよ。むしろ気づかれなくて良かったです。気づかれたら人を呼んでしまい、話が終わってしまいましたから。そうなったら二人の関係がうまく深められなかったと思います」
「それはそうですが……」
「私が聞いたのはその一回だけです。でも昨日話していた入院患者さんも同じような音を何度も聞いたと言っていました」
「その人はどんな時に音を聞いていたのですか?」
「私が聞いた限りだと、命が脅かされた時です。他にもあるかもしれないですが、お義母さんが聞いたとなると身近な人の命が危ないときもあるようですね」
「あの…… 私もその音、聞きました。
首を切って意識を失うまで聞こえていました」
「楓さんもですか?
やはりこの音はそういった時に聞こえるようですね」
「先生も聞こえていたなら、さっきの時は危なかったのでは?」
「間違いなく危なかったと思います。
何か大きなものに吸い込まれそうになって、それが気持ち良くて。でも吸い込まれていく中で声が聞こえて、それで吸い込まれないで済みました。きっとあのままだったら死んでいたと思います」
「その時聞こえたのは誰の声だったんですか?」
「ずっと昔、小さい頃に遊んでいた女の子でした」
「そうでしたか。その女の子に助けられて良かったですね」
「ええ、本当に。大切な人です」
「先生、その女の子って……」
「ええ、想像しているように、この世にはいません」
「そうですか……」
「でも、私の心の奥で生きていますから。
きっと楓さんとお義母さんも心の奥でお二人が生きていると思いますよ」
「そうですね……
きっとそうだと思います」
最後はしんみりしてしまった。三人各々がそれぞれの思いを胸に抱きしめて、これから生きていこうとしている。私の場合は複雑な心境だが、ゆいちゃんと出会うきっかけを作った日向さん家族に、ゆいちゃんと交わした約束を誓うことにした。
そして、これでようやくあの音の正体がわかった。あの音は死期が迫ると聞こえてくるのだ。音自体が何であるか分からないが、私には命のカケラが落ちていくように聞こえた。
しかし砂が落ちていくような音とは一体何だろうか。また一つ謎が増えてしまった。