界のカケラ 〜98〜
彼女が言葉を発してから、また沈黙が続いた。
話すことを整理しているのだろう。まさか私が現れて病室に連れていかれるとは夢にも思ってなかったはずだ。だからここで無理をさせてまで話させようとは思っていない。彼女が自分で話せることだけでいい。話すということは離すと同じことだから。
人に話すと気が紛れるとか、スッキリするというのは、感じている感情が離れていくからだ。そうでないことも多々あるが、悲しいことほど話した方が良いのが持論だ。なので、ここは基本的に待つ姿勢でいようと思う。
沈黙がしばらく続く中、手持ち無沙汰と口寂しさで一袋を箱から取り出して食べた。沈黙が続いている部屋に、口の中で細かく砕かれたクッキーの音が響きわたっているような気がした。
「私がこのクッキーのイラストが好きなのは……」
勇気を振り絞ったようなか細い声でゆっくりと語り出した。
「小さかった息子が好きだったんです。店頭でこのお店の前を通ったときに、お化けの絵に夢中になって離れなかったんです。それに試食も配っていたので、甘い味と歯ごたえが私も息子も好みで……」
「そうそう。試食できますよね、いつも。私もそれで買ったクチです」
「私は最初気づかなかったんですけど、帰りのバスに乗っているときに息子が紙袋を見て、『お化けの顔とか違うよ』って教えてくれたんです。その時の息子ったら興奮していて、鼻息をフンフン荒くして、お化けの特徴を指さして話すんですよ。声も少し大きくなって、と言っても迷惑にならないくらいですけど。その様子を見ていたご年配の女性が話しかけてきたりして。あの時の様子は今も忘れられません」
「息子さんが興奮するのも分かります! 私も初めて気付いた時はみんなに話したくなりましたから。きっとそんな息子さんが可愛くてご年配の女性もつい話しかけてしまったんでしょうね」
「ええ。息子のことをたくさん褒めて、興味を持たせてくれたりしてあやしてくれました」
「私もその場にいたら同じことしていただろうな」
「子供お好きなんですか?」
「はい。なぜか懐かれやすいんですよね。小児病棟の前とか待合所を通ると大抵誰か一人くらいは話しかけてきますよ。泣いている赤ちゃんとか泣き止んで笑ったり。そんなオーラが出ているんでしょうかね」
「ふふ。それはなんだか分かるような気がします。だって先生はかまってくれそうですものね。近くに行けば何かしらやってくれそうですし」
「え! そんな雰囲気出てましたか? 全くの無自覚でした」
「そんなものですよ」
初めて彼女が笑うところを見た気がした。それを見て、少しだけ彼女との距離感が縮まった感じがした。