界のカケラ 〜76〜
とりあえず話題を変えようと慌てていたら、生野さんの病室についてしまった。
そこは病院でも一番高い個室だった。この街を作り上げてきた政治家だから当然といえば当然だ。でも生野さんのことだから相部屋でも十分すぎると言いそうだ。
「ああ、驚いたかね。話では、ここはこの病院で一番高い部屋らしい。私は相部屋で良かったんだが、院長先生がどうしてもこの部屋を使っていただきたいと懇願されてな。院長先生のご好意を無下にも出来ないから仕方なくな」
やっぱり私が想像した通りの生野さんだ。この人は決して威張らない、おごりもしない。人として真っ直ぐに生きている。私はこういう大人になりたいと改めて強く思った。生野さんと会えて、少しの時間だけど濃い時間を過ごせただけで幸せだ。
「驚きませんよ。生野さんは街のために尽くしていただいて、でもそれを鼻にもかけず、純粋な思いで今日まで過ごされているのですから当然です。私が院長でも同じことをしますよ」
「そうかね? 四条さんにそう言われたらこの部屋にもっといたくなったよ」
「まあ、病室にいすぎるのが良いとは言えませんけどね。ふふふ・・・」
「ははは! 確かにそうだな! ここにいるというのは病人だということだからな。四条さんのおっしゃる通りだ」
部屋の広い室内に私たち二人だけの笑い声が響き渡った。
「それでは、私も自分の病室に戻りますね。明日も晴れていたら桜の木の下でお会いできれば嬉しいです」
「ああ。そうだな。私も楽しみにしているよ。今日はありがとうございました。昔話ができて、聞いていただけて楽しかったです」
「こちらこそです。辛い話もありましたけど、生野さんと結衣さんの話が聞けて楽しかったです。ありがとうございました。それではまた明日」
「ああ、また明日な」
部屋を出る前に深くお辞儀をして病室を後にした。
今日は本当に不思議な体験を何度もした。二十年分くらい一気に老けてしまいそうな不可解なことだらけだ。でもそれを戸惑いつつも受け入れてきている自分が怖くなった。普通の医師であることを良い意味で否定され、もっと違う視点から見られるような医師になれとでも言われているような気がしてきた。