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界のカケラ 〜90〜

 もう何回も私の部屋からあの患者の部屋を往復しただろうか。一日一往復の時もあれば、三往復以上した日もある。ドアを開けられずに帰る日を続けてきたけれど、それも今日で終わりにする。いや、終わりにしなければいけない。それだけのものを昨日経験したのだから、全てを生かして向き合いにいく。また同じ目に合うかもしれないけれど怖くはない。何かに守られているような感覚に包まれているし、今の私ならできると確信している。根拠のない自信だが、それでも何よりはマシと思えていることが、何よりの違いだと思っている。

 自分の部屋から出て行く足取りも軽い。気分が良いからと言うわけではなく、やってやろうじゃないかという気負っている部分が大きい。きっと傍目から見たら鼻の穴を広げて鼻息を吹き鳴らして歩いているように見えるだろう。それはそれで滑稽なので、私の違った一面ということになろう。人にはいろいろな顔があるから面白いのだ。

 普段通りゆっくり歩いているつもりでも、いつの間にか早足になっていた。いつもは重りをつけたみたいに重かったはずなのに、導かれているように足が前に進んで行く。一歩一歩が自分が解放されていく感じがし、同時にあの患者も救われるような気がしていた。
 そして、ようやくあの患者がいる部屋の前に着いた。

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akira
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