界のカケラ 〜39〜
「私たちが生きていくには仕事をしてお金を稼がなければいけない。だから仕事をすることを目的にしてしまい、自分が何をしたいか、得意分野や好きなことを仕事にしたいということを後回しにしてしまうか、最初から諦めてしまう。最近はそうでもなくなっているらしいが、それでも多くの人はまだそうではない。
割り切ることも必要なのだが、あまりにも自分のことを知らなさすぎて、本当に自分があう仕事を選択していないのだ。
私がここに入院して、たくさんの人と話してきたが、あまりにもそういう人が多いことに驚いたよ」
私は両親が医者だった関係で医者の道を選んだ。そもそも医者になるために得意なことや好きなことはなかったと思う。特に器用だったわけではないし、勉強も得意だったわけではなく、好きでもなかったのに都内の難関の医大に受かってしまった。そして他の学部の試験には落ちてしまうという学生だったから消去法で医者になる道を選んだだけだったからだ。
医者の仕事の素晴らしさは両親を見ていて理解していたから抵抗はなかったが、自分でも医者を選択するとは思わなかった。医療系なら薬剤師や麻酔科医、臨床工学技士など他にも道はあったのに外科を選択し、今は救急救命科で分野にかかわらずオールマイティに医療行為をしている。だから生野さんの言葉に私は自分のことではないかと思い、一瞬ドキッとした。
「この歳になると寂しくて話好きになるのか色々と聞いてしまうのだよ。相手が失礼と感じない程度にだがな。この病院にくる人がその傾向にあるのか、どこもそうなのかは私は知らないが、そういう人は一目でわかるようになったよ」
この発言で私はまたもやドキッとした。動揺しているのがバレなければ良いが・・・どうしても怖いもの見たさ、怖いもの聞きたさとここでは言うべきだろうか。私は自分のことを聞かずにはいられなかった。
「生野さんから見て、私はどうですか?」
「四条さんはよく分からないな。医者として充実しているが、それだけではないような気がするな。さっき久しぶりに会った時は後ろ向きというか気持ちが落ちているような気がしたが、今はそうではないし。仕事が嫌いとか辞めたいとか、合っていないというのは感じないな」
やはりこの人は観察力が鋭い。だが医者があっていないと言われなかったことが何より救いだ。自分のことは自分が一番わかっていると思いがちだが、実際そうでないことは自覚していた。
しかし生野さんの「それだけではないような気がする」という言葉が妙に引っかかっていた。