界のカケラ 〜99〜
「そんな先生だから、私なんかにも優しくしてくれるんですよ」
「それはどういう意味ですか?」
「だって、普通自分を怪我させた人に自分から会いに行かないですよ。逆はありますけど。私だったら、まず行きません」
「そうでしょうね。私も日向さんではなかったら行きませんよ」
「え? それはなんでですか?」
「なんて言ったら良いんですかね。放っておけないような気がしたんです。事件性がない状態で首を切っていた時点で死のうとしているのは分かりました。それがあったというのが大きいですね」
「でもそれだけだったら怪我した後は、他の人に任せるとかできたじゃないですか」
「ええ。でも他の人は怪我をさせるような人とは関わらないようにしますよね? なるべく早く退院してほしいから、当たり障りなく最低限りのことしかしませんよ。
私だって忙しいので通常であればそうします。でも日向さんはまた怪我をさせられても良いから、もう一度ちゃんと会って話したいと思ったんです。まあ、私の直感ですかね」
「でも本当にそれだけで?」
「はい。本当にそれだけです。あと、強いて言えば意地みたいなもんですね」
「意地ですか。先生の人間性が少し分かった気がします」
「私って結構単純なんですよ」
「そのようですね。
それなら私もちゃんと先生と向き合わなければいけませんね」
そう言った彼女は顔を引き締めて姿勢を正した。それにつられて私も顔を引き締め、姿勢を直して彼女の方をまっすぐに見た。
「私には四歳の息子がいました。幼稚園が好きで、休みの日さえ行きたがるような元気な子でした。幼稚園の先生や友達、親御さんばかりか、近所でも可愛がられていました。
でも、幼稚園に入って一ヶ月が過ぎようとした日に、突然痙攣を起こし意識がなくなったのです。すぐに救急車を呼び、病院に運ばれ、賢明な治療のおかげで痙攣は治りましたが意識は戻りませんでした」
「原因は何だったのですか?」
「お医者さんも分からなかったようです。検査をしても意識が戻らないだけで、他は全く異常が見当たらず首をひねっていました」
「入院中は痙攣などは起きなかったのですか?」
「はい。入院してからは一度も。ずっと眠っているような状態のまま二ヶ月が過ぎていきました」
「二ヶ月後に何があったのですか?」
「亡くなりました……
意識が一度も戻らず、眠るようにして」
「…… そうだったのですか……」
子供の話をする彼女はとても優しい顔だった。それだけで愛しい存在だったのは容易に想像できる。息子を亡くした悲しみから塞ぎ込んでしまい、それが心の器から溢れ出たために自ら命を経とうとしたのだろう。
でも何か引っかかる。
確かに子供を失った悲しみがそうさせたのかもしれない。だけど本当にそれだけだろうか。そうでないような気がして、胸がつっかえているような不快感があった。